「は?えっ、ちょ!?」

グリーンは混乱する頭のままレッドの両肩を掴んで自分から距離を取ると、その全貌をまじまじと見た。
その顔からはいつまで経っても驚愕の表情が消えない。
だって、目の前にいる女の子はどこからどう見ても…

「く、紅…ちゃん?」














         9



「すごいバトルだったねぇ…!」
「うん…あんなの初めて見た!」
「息が止まるかと思ったもんね!」

コトネとヒビキは未だに高揚する気分が抜けきらないまま、中庭の露店街を抜け、グラウンドへと歩いていた。
日は完全に沈んでいるが、グラウンド全体を照らす照明や、それぞれの露店に付けられた電灯、所々に備え付けられている照明装置などで、外でも十分に明るい。
もう文化祭も終わりに近づき、店じまいのために安売りしている店も多く、露店街の活気はピークを迎えている。
しかし、そのピークに乗って、食べ納めだと言わんばかりに両手一杯に食べ物を持った二人の交わす言葉は、未だに先程の決勝戦のことばかりだった。

「やっぱりあそこだよね!ラプラスがギャラドスごと水場を凍らせたとこ!」
「その後の滝登りもすごかったよぅ」

しゃべる間も、みたらし団子、焼きそば、ベビーカステラ、やきとりなどが次々と二人の腹へと吸い込まれていく。
グリーンが見ていたら、「おまえらの胃袋どーなってんだよ」とツッコまれそうなほどの食べっぷりである。
しかし、次々と口に食べ物を放り込むその二人の手も、グラウンドへ出た途端ぴたりと止まった。

「おぉ~!」「すごーい!」

ずっと露店を回っていたから気が付かなかったが、グラウンドでは後夜祭の準備が着々と進められていた。
グラウンドの真ん中には、何重にも木々が組まれ、その中では巨大な炎がバチバチと音を立てながら、天へとその真っ赤な尾を伸ばしている。
既に浴衣を着て開始を待っている人、準備に追われて走り回っている人、ヒビキやコトネのようにふらりとやってきた人など、そのキャンプファイヤーの周りにはパラパラと人が集まり始めていた。

「僕たちはこの格好のままで出るの?」
「そーしようよ!脱ぐのもったいないし!」

未だにヒノアラシの着ぐるみを着たままのヒビキが問えば、同じくチコリータの着ぐるみを着たままのコトネが頷いてそう返す。

「ヒビキくんかわいーし!」

そして、そう付け足してにっこり笑ったコトネに、ヒビキは一気に顔が熱くなるのを感じた。

「そっ…、こっ、…か…!///」
「…?」

しかし、『コトネのほうが可愛いよ』の言葉が舌がもつれて言えない。
ヒビキは半分涙目で小さくうなだれた。
ヘタレな自分を呪いたい心持ちである。
そしていつものことじゃないかと半分自虐的に顔を再び上げたヒビキの目に、ふとどこかで見たような人物が視界に入った。
キャンプファイヤーの近くで心もとなくウロウロしている赤い髪…

「コトネ、あの子って…」
「どの子?」

両手が塞がっているため、視線だけで位置を示す。
それでコトネは分かったらしく、あぁ、と小さく頷いた。

「「決勝戦出てた子!」」

そうと分かれば、次の行動は一つである。

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!」「そこの君ーーーー!!」

二人は脱兎の勢いで赤髪少年の方へと駆けだした。










「もー、なんで逃げたのー?」
「こっちはハンデだらけなんだよー!」
「………」

そして短い追いかけっこの後、赤髪少年はヒビキとコトネに挟まれて逃げられない状況になっていた。
何事かを叫びながら知らない人たちが自分のほうに向かって走ってこれば誰でも恐怖をおぼえるだろうが、もちろん二人にはそんな常識は通じない。
ぷんぷんと頬を膨らませて、後ずさりする彼へと詰め寄った。

「な、何だよおまえら…」
「「しゃべったー!」」
「ぇ…」
「ねぇねぇねぇ!『シルバー』くんでいいのかな!?」
「さっき決勝戦出てたよね?」
「誰か一緒じゃないの?一人?」
「外部挑戦者だったし、この学校じゃないんだよね?」
「どこから来たの?」
「さっきタッグ組んでた人は?」
「っていうか、バトルすごかったよー!」

相手の剣幕に押されてまったくしゃべることができないでいる少年は、ただ一言、
「…シルバーだ」
なんとか最初の質問にだけ答えた。

「シルバーくん?」
「準優勝おめでとう!」

にっこりと笑う二人と反対に、その少年、シルバーは苦々しそうな表情を浮かべて目を反らした。

「俺は…何もしてない。決勝戦もすぐに負けたし」
「「………」」

ヒビキとコトネは黙って顔を見合わせたが、次の瞬間シルバーへと手に持っていた物を差し出した。
ヒビキからはクレープ。コトネからはリンゴ飴。
ポカンとするシルバーの両手に半分無理矢理にそれらを押しつけると、二人は更にずいっとシルバーに詰め寄った。

「タッグバトルは、片方が強いだけじゃ駄目なんだよ。勝てないんだよ」
「ペアの人も、シルバーくんとだったからあそこまで勝ち上がれたんだよ」
「それに、あのマニューラの〝みだれひっかき〟はすごかった」
「そうそう!水場に落とすとかびっくりしたもん!」
「あの連携プレイといい、信頼関係がないと出来ない技だよ!」

目の前で次々に紡がれる言葉に目を白黒させるシルバーだったが、不意に唇を噛んで下に視線を向けた。

「なんで…そんなこと言うんだよ……他人だろ」

ヒビキとコトネはきょとんとしたが、次の瞬間困ったように笑って言った。

「他人でも感動したものは感動したんだよ!」
「そうそう!ポケモンバトルに他人も何もないよね!」
「それにさ…」

コトネはシルバーの手を握るとそのままシルバーの口にリンゴ飴を突っ込んだ。
いきなり突っ込まれたせいで飴が歯に当たって鈍い痛みが走ったシルバーだったが、次に口の中に広がった甘い味と香りに言おうとしていた文句もとんでしまった。

「これだけお話ししたんだから、もう他人じゃないよね!」
「………」

ほら、私があげたリンゴ飴食べちゃったしね~と全く悪びれずに言うコトネに、ヒビキも笑って頷く。
シルバーはしばらく黙っていたが、不意にリンゴ飴を口から離すと二人をまじまじと見た。

「おまえらってさ…」
「ん?」「なーに?」
「仲いいよな…」

さっきから行動のタイミングとかすごいぴったりだし、と続けるシルバーに、コトネが顔を輝かせた。

「え?何?嫉妬とかそういうの!?」
「え!?ちょ、何言ってんの!?違うよね!?コトネは駄目だからね!?」

コトネの返事に反応してヒビキが逆に顔を曇らせる。
シルバーは何でそうなるんだと顔をしかめたが、どうでもいいと思ったのかくるりときびすを返してしまった。

「どこ行くの?」
「あ、もしかして迷子?」
「違う!」

シルバーは噛み付くように言うと、今度こそすたすたと歩いて行ってしまう。
ヒビキとコトネは逃がすかとばかりにシルバーの両脇に回った。

「せっかくだからもうちょっとお話しようよ~!」
「もしかしてあのペアの人と待ち合わせしてるとか?」

シルバーはぴたりと足を止めると、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

「…先に家に帰ってろって言われたよ」

ついさっきメールでな、と続けたシルバーが、二人には少しだけ寂しそうに見えた。





***





「紅ちゃん…だよな…?あ、あれ…?いつの間にレッドと入れ替わって…っていうかやっぱり似すぎ…」
「………」
「ど、どうなって…」

グリーンは未だに相手の両肩を掴んだまま呆然としていた。
頭の整理がまったく出来ていない。
いつの間に入れ替わった?
さっきまでは確かにレッドだったような…
というか、入れ替わったならレッドはどこに…
半分パニックに陥っているグリーンに対して、レッドは気まずそうに目を反らすことしか出来ない。
グリーンがもう一度口を開いて言葉を発そうとしたとき、ふと頭上に影が差した。

「こんなところにいたのか」
「!?」

グリーンが絶句して慌てて後ろを振り返る。
ずっと反対側の下ばかりを見ていたレッドもギョッとしてその声の主を見上げた。

「サカキ…」
「駄目じゃないか、レッド…学校を壊しては…」
「……っ!」

グリーンは反射的にレッドを後ろに庇いながらも、サカキから出た〝レッド〟という単語に動揺を隠しきれなかった。

「レッド…って…」
「なんだレッド、もう女に変わってしまったのか。一足遅かったようだね…」
「…さっきからレッドレッドって…何だよ…レッドは…男だろ…?」

なんとかそれだけ絞り出したグリーンだったが、サカキからは冷たい眼差しが寄越されただけだった。

「レッド、こいつなのか?」
「………」
「こいつと寝て分かったということなのか?私と比べてどうだった?〝当たり〟というからには私とやっていた時とは何かが違ったんだろう?」
「おまえ…もうしゃべるなよ…」

グリーンの後ろから聞こえてきた声はドスのきいた低いものだったが、それでも女の声だった。
ちらりと後ろを見れば、音が聞こえそうなくらいに歯噛みして前方の男を睨み付ける少女がいて…
その少女はもうレッドにしか見えなくて…
グリーンはショート寸前の思考回路を駆使してなんとかこの状況を把握しようとしていた。
しかしこの状況を把握するには、レッド=紅という式を大前提としてのみ込まなければならない。

「レッド…なのか…?」
「グリーン…」

先ほどとは打って変わって困惑した表情になったレッドは、ぐっと唇を噛むと、グリーンの背に額を押しつけた。
そして、グリーンにしか聞こえないような声で呟いた。

「ごめん…騙してて、ごめん…」

その声は震えていて、冗談を言っているようになんて全く聞こえなくて…
そんな馬鹿なと頭の中で思うと同時に、そうかもしれないと納得する自分もいて…
しかし、そんな葛藤を続けるグリーンの心中など、サカキの知ったことではなかった。

「さぁ、そこをどいてくれるかな?」
「え…」

グリーンが前へ視線を向けると同時に、前方から飛んできた衝撃波がグリーンを襲った。
いつの間にかサカキの隣には例のフーディンが佇んでいて、グリーンのほうにそのスプーンの切っ先を向けている。
目に見えない衝撃が腹のあたりに直撃して、グリーンはそのまま数メートル後ろに吹っ飛んだ。
地面に身体を打ち付けた衝撃と、先ほど腹に喰らった衝撃とで、あまりの痛みに声が出ない。
なんとか出るのはくぐもった呻き声だけである。
グリーン、と自分の名前を呼ぶ悲痛な叫びがいやに遠く聞こえる。

"レッド…"

レッドの安否を確かめたくて、地面に這った状態のままなんとか顔を上げれば、レッドの前に、フーディンに次の指示を出すサカキの姿が目に入ってきた。
やばい、やられる、と回らない頭でぼんやりと考えるが、肝心の身体が動かない。
次に襲う衝撃を覚悟して強く目を瞑ったグリーンだったが、その衝撃は一向にやってくる気配がなかった。
不思議に思って薄く目を開けてみれば、目の前には…

「レッ…!」
「この人は関係ないから、手出さないで…」

両手を広げて目の前に佇むのは、間違いなくレッドだった。
グリーンを守るように腰を屈めて相手を睨み付けるレッド。
その燃えるような紅蓮の双眸は、真っ直ぐにサカキを睨み付けている。

「今更関係ないと言われても信じられるわけがないだろう?」
「お願い…手、出さないで…!大事な……友達なんだ」
「それはレッドの態度次第だな。もしそいつが〝当たり〟ならば今のうちに潰しておくのが私にとっては最善だからな」
「……分かった…から、手出さないで…」

にやりと嫌な笑みを浮かべたサカキを軽く睨むと、レッドはしゃがんだままグリーンのほうへ身体を向けた。

「レッド…おまえ…」
「ごめんねグリーン…血、出てるよ…」

レッドは泣きそうな顔でグリーンの頬に触れた。
頭からは血が出ており、それが頬のあたりまで伝ってきていた。

「行く…な、よ…?」
「………」

さすがのグリーンも、サカキが危険人物だということは分かる。
保護指定を受けているポケモンを堂々と使用している点でも、完全に表の人間ではない。
そんな人物がどうしてレッドに固執しているのかは分からないが、間違いなくレッドは今その人物に応じようとしている。
…おそらく、自分のせいで。

「俺は大丈夫…だから、行くなよ…」
「ごめん…」

レッドの綺麗なルビーが揺れて、そこから透明な雫がぽたぽたと落ちる。

「痛い思いさせて、ごめんね……僕のせいで……ごめんね」

最後に暖かくて柔らかいものが唇に触れて、それがレッドの唇だと気づいたときには、レッドはすでに立ち上がって踵を返していた。

「レッド!」

伸ばした手は虚しく空を切っただけだった。
届かなかった手はそのまま力なく地面へと落ちる。
こちらに背を向けてサカキの方へ歩いて行くレッドの顔は見えない。
見えないが、泣いているのは確実だった。

"畜生…そんな奴に泣き顔見せんじゃねぇよ…"

引き留めたいのに身体は動いてくれない。
なんて役立たず。
守ってくれた人を守ることもできない。
引き留めることもできない。
ギリと歯噛みするしかない自分の無力さを呪いたい。

「頼むよ…行くなよ…」
「レッドはおまえにはもったいない代物だよ」

トドメのような言葉と共に、レッドとサカキの姿は一瞬でその場から消え去ってしまった。
後に残されたのは、地面に転がるグリーンだけ。
祭りの喧噪がやけに遠くに聞こえる。

「っ、…うっ、くそ…畜生ぉ!!レッド…レッドォオオォオォオッ!!」

グリーンの悲痛な叫びは、お祭り騒ぎを続ける他の誰にも届くことはなかった。








***







「これで満足…?」

ベッドに肢体を投げ出したレッドは絶対零度の眼差しで自分を見下ろすサカキを睨み付けた。

「そんな目で見ないでくれ」

サカキは両手を広げて同じく底冷えのするような笑みを浮かべた。
一瞬で着いたテレポート先は、この部屋だった。
ここがどこかなど分からない。
おそらく数年前に監禁されていた場所とは違うだろうなという予測はできるが、所詮はその程度である。

「ああ、泣いた後が痛ましいな。腫れてしまうよ」
「…約束だからな。絶対にグリーンに手は出さないって…」
「善処しよう」
「…グリーンに何かあったら、おまえの再起不能にしてやるから…」
「それは恐ろしいな」

サカキは苦笑すると自らもベッドに乗り上げてきた。
そのままレッドに覆い被さるようにして顎に手をかける。

「あぁ、こうするのは本当に久しぶりだね……寂しかったと言ったら、笑うかい?」

レッドは無言でサカキを睨み付けるだけである。

「口を開けて…レッド…」
「………」

顎を押さえられても頑なに口を引き結んだままのレッドは、完全にサカキに応じる気はないらしい。

「…優しくされたくない。そう取ってもいいのかな?」
「………」
「そうか…」

サカキはレッドの着ている浴衣の帯を乱暴にほどくと、躊躇亡く前を開け放った。
身につけているのは男物の下着一枚である。
もちろん女物の下着など着ているはずがない。
しかしサカキは別段気にした素振りも見せずに着々と事を進めていく。
はじめは気丈にサカキを睨み付けていたレッドも、時間が経つにつれ、その目尻には涙が浮かび始めた。

"やっぱり…嫌だ…"

相変わらず口だけはしっかりと引き結んだまま、レッドは拘束されていない腕で視界を覆った。
真っ暗になった世界で、衣擦れの音だけがやけに鮮明に部屋の中に響く。
節くれ立った手が遠慮ない手つきで身体に触れるたびにぞわぞわと嫌な感覚に襲われる。
グリーンなら、もっと優しく触ってくれた。
グリーンなら、こちらが頷くまで待っていてくれた。
グリーンなら………
考えていたらまた涙がこみ上げてきて、それを隠すように首を捻ってシーツに顔を埋めた。
どうしてこんなにグリーンのことばかり頭に浮かぶのだろう。
これではグリーンに依存しているみたいだ。

と、不意に頬を捕まれてシーツに埋めていた顔を上げさせられた。
そのまま近づいてくるサカキの顔をレッドは反射的に押し戻していた。
その両手はサカキの口を覆って。

「…口以外は何してもいいから……お願い…」
「…ずいぶんな乙女思考じゃないか、レッド」

そんなことは分かっている。
ただ、グリーンと交わしたキスを忘れたくなかった。
グリーンの味を忘れるのが嫌だった。
塗り替えられるのが…恐かった。

"…ホントに、とんだ乙女思考だな"

自分でも呆れるくらいだ。

「それでは、お望み通り口以外は好きにさせてもらうことにしよう」


ああ、あの悪夢の再現が始まる。











***







「っ、いた!グリーンさん!!」
「大丈夫ですか!?」

猛ダッシュしてきたヒビキとコトネをみとめると、グリーンはへらりと笑って片手だけを軽く挙げてみせた。
グリーンはまだ地面から離れられずにいた。
なんとかケータイを取り出し、ヒビキに電話をかけて助けに来てもらった次第である。
今回の一件で、グリーンはポケモンの技を喰らうことがどれだけ危険かが身にしみて分かった。

「いったい何があったんですか!?」

コトネが悲痛な表情でグリーンの顔をのぞき込む。
その目尻には涙が浮かんでいた。
やばい。今女の子の涙は、やばい。精神的に…

「ああ、ちょっと盛大に転んじまって…打ち所が悪かったみたいで…」
「嘘下手すぎます!!」
「とりあえず保健室運びますから!!」

頭から血が出ているし、頭を動かしてはまずいだろうとふんだ二人は、なんとか頭を動かさないようにグリーンを抱え上げようとするが、コトネの力が足りていない。

「グリーンさん重いよう!」
「ちょ、シルバー手伝って!!」
「…?」

もう一人いるのかと、ぼやける視界でなんとかもう一つの人影を捉えれば、それはどこかで見たような風貌で…

「そいつ…って…」
「ああ、シルバーですか?さっきそこで知り合ったんです。グリーンさん決勝で戦いましたよね?」
「あ、あぁ…」

そうだ、彼はサカキと一緒にいた人物…

「おい、おまえ…サカキってやつの知り合いなんだろ…?」
「!?」

その瞬間、その彼は大げさにその身を震わせた。
サカキについて何か知っていることは確実なようである。
グリーンは身体を支えようと奮闘しているヒビキとコトネを押しのけると、ふらふらする頭のまま彼のほうへ足を踏み出した。

「…ざけんな、よ……まじで…」

しかし、その彼に詰め寄る前に、グリーンの視界がぐらりと傾いた。
どうやら急に立ち上がったことで強い立ちくらみに襲われたらしい。
地面がぐにゃぐにゃにゆがんで見える。

「ちょっ、グリーンさん!」
「何やってるんですか!?」

慌ててその身体を二人が支える。
グリーンはよろよろと地面に座り込むと、思い通りにならない身体を心の中で罵った。

「…?グリーンさん、今ポケットから何か落ちましたよ?」
「え…」

そのとき、コトネがグリーンのポケットから何かが転がったのを見て不意にそれを手に取った。

「モンスターボール?」
「!?」

グリーンは慌ててそのボールをコトネの手から奪い取った。
何するんですかと目を丸くするコトネを前に、グリーンはそのボールの中身を見て開いた口がふさがらなかった。
だって、そのボールの中身は…

"まじかよ…ピカチュウ…"

慌ててボールが出てきたポケットを探れば、くしゃくしゃになった小さな紙切れが出てきた。
ぼやける視界に負けじとその紙をじっと見る。
殴り書きで書かれたその文字の意味を解読できた瞬間、グリーンはさらに唖然とすることになった。


『トキワの森に返してあげて』


「…ばかやろ」

不意に胸に何か熱いものがこみ上げてきて、グリーンは額に手をやって項垂れることしか出来なかった。















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