捜索を開始して早三時間。
グリーンの必死の捜索も虚しく、レッドの行方はさっぱりつかめなかった。
日も暮れてしまったため、その日は諦めて家に帰ったグリーンであるが、明日こそはクラスに押しかけて捕まえてやると意気込んでいたのである。

しかし次の日その意気込みは空回ることになった。












         4



「は?レッド来てねぇの?」
「うん、もともと休みとか遅刻は多い方だけどねー……って、あれ?」

2年6組教室。
時刻は一限が始まる直前である。
1組からレッドのクラスへとはるばる赴いたグリーンだったが、告げられたのはレッドの不在。
目を丸くするクラスの住人を放置し、話を最後まで聞かずにグリーンは教室を飛び出していた。

"来てない…のか?もしかして俺のせい…?"

力なく首を振った時のなんとなく悲しそうだった緋色を思い出す。
傷つけてしまったのだろうか。
別れ方が別れ方だけに気にせずにはいられなかった。



「あら、一昨日のオーキドJr.くん!また来てくれたんだ~!今日は博士は?」
「え、あ、いや…今日は、その…一人…で…」

そして今、グリーンは一昨日来たばかりの例の店に再び足を踏み入れていた。
そしてテーブルに通された途端、店の女性たちがグリーンを挟むように座ってきて、グリーンは今身動きが取れない状態である。
相変わらず薄暗くて煙草臭いそこに、やはり自分が来るような場所ではないと改めて感じるが、今回は来たくて来たのではないと自分に言い聞かせてぎこちない笑顔を浮かべる。
しかし、正直キツすぎる香水の匂いが鼻について、先ほどからなんとか堪えているものの今にも咽せそうである。

「そういえば、一昨日ちゃんと博士家に連れて帰れたぁ?」
「あ、はい。タクシー呼んだんで…」

正確には爆睡しているオーキド博士だけをタクシーで家に送り、自分は例の少女としけこんだわけであるが、そこまでこの女性たちに話すつもりはない。
ちなみにナナミには電話で、「学会の後の飲み会でじいさんが酔いつぶれたから、先にタクシーで帰らせる。自分はもう少し話をしていきたいから、もしかしたら帰りは朝になるかもしれない」という旨を伝えた。
「そう」と答えたナナミの声色から察するに、もしかしたら嘘をついていることはバレていたのかもしれない。
しかし、オーキド博士の口から真実が漏れることはまずないであろうから、とりあえずは大丈夫なはずである。
頭の中でぼんやりと再確認をするグリーンだったが、先ほどとは違う逆隣の女性が耳元に唇を寄せてきたため慌てて目だけをそちらへ向けた。

「でもオーキドJr.くん、あの後紅ちゃんと会ってたでしょ?」

“紅”というワードに思わず心臓がはねる。
この際、何故この女性がそのことを知っているかは置いておこう。
そう、今日来たのはお姉さんたちと遊ぶためではなく…

「その…紅って子に話したいことがあって来たんですけど…」

女性の問いかけは甘んじて受け流して、控えめに女性に返答する。
レッドと同じ緋色の眼である彼女ならば、もしかしたらレッドのことを知っているのではないかと思った。
女装している姿は本当に彼女に似ていたから、姉弟、そうでなくても親族である可能性がある。
そもそも、緋色の眼なんてそうそうあるものではないのだ。
しかし返ってきた返事はグリーンの期待を裏切るものだった。

「…紅ちゃんは今日は来てないわよ。あの子かなり不定期だもの」
「あ…そうなんすか…」

目に見えて落胆したのが面白くなかったのか、女性が少し眉根を寄せてグリーンを見てくる。
何故か周りの女性のまとう空気も心なしか冷えたような気がする。
グリーンが僅かに首を傾げていると、元々耳近くにあった女性の唇が、先程よりも幾分か低められた声を紡いだ。

「あの子はやめたほうがいいわよ。こう言っちゃ悪いけど、見境無く男たらし込んで寝てるような尻軽女だから」
「へ?」

女性の言葉にグリーンは思わず間抜けな声を上げてしまった。
尻軽女?誰が?あの少女が?
記憶の中の少女とイメージが合致せずに眉をひそめる。
それに、寝たからこそ分かる…彼女は…

「なのにさぁ、あの子と寝た男たちってみんな自分が彼女の処女を奪ったって言い張るのよぉ。そう何回もあるかって感じよねぇ」
「え…?」
「まさかオーキドJr.くんもそうだなんて言わないわよねぇ?」

ケラケラと笑いながら隣の甘ったるい声の女性がグリーンにしなだれかかってくる。
普段ならばこの密着状態にドキドキしていたに違いない。
しかしグリーンは今、急激に胸が冷えていくのを感じていた。
冷や汗が背中に滲む。
最中になんとなく感じていた違和感。
そうだ、行為に慣れているようだったのに、彼女は…

「…すみません、俺、帰ります」
「えっ?」

まだ水しか飲んでいなかったが、迷い無く席を立つ。
驚いたお姉さんたちが目を丸くしているが、彼女がいない以上、これ以上ここにいても無意味なだけである。
お姉さんたちが飲んでいるボトルの分を含め会計を済ませると、グリーンは店の外へと出た。
少し冷たい夜の外気が頬に当たって一気に頭が冴えてくる。
そして脳裏に鮮明に蘇ってくるあの晩の記憶。
痛みに歯を食いしばり、涙を滲ませていた彼女…

「くそっ、どうなってんだ…?」

そう、彼女は…破瓜していなかった。







「ピカチュウ、晩ご飯にしようか」
「ピッカ!」
「っ!…しーっ、大きな声出しちゃ駄目だよ」
「…チャァ」

ベッドから起きあがった途端に飛びついてきたピカチュウを受け止め、それからしーっと人差し指を口にあててみせる。
ピカチュウは分かったとでも言うように、長い耳をぴょこんと一度大きく揺らせた。
それを見てニコリと微笑むと、レッドはベッドを後にしてピカチュウを抱いたまま台所へ向かう。
冷蔵庫を開ければ、インスタントのラーメンやらうどんやら、肉まんやあんまん、少し日持ちのする食料が所狭しと敷き詰められている。

「…うどんにしよっか」

冷蔵庫からうどん、かまぼこ、野菜室からネギを取り出す。
やや考えて、使いかけであった人参と玉葱も取り出してテーブルの上に置く。
その間もピカチュウはレッドの胸にしがみついたままだった。

「ピカチュウ、そんなにそこが好き?」
「チャァー」
「…まぁ、柔らかいしね」

機嫌良く鳴いたピカチュウに少し複雑な気持ちになるものの、ごめんねと言って胸に身体を埋めているピカチュウをベリとはがす。
ピカチュウは名残惜しそうにこちらを見てくるが、あの状態では料理が出来ないのでしょうがない。
鍋に水を張って火にかけると、棚から天ぷら粉も出してくる。
どうせだから人参と玉葱とでかき揚げうどんにしてしまおうという算段である。
いろいろな理由で外食が多いので野菜は早めに使わないと傷んでしまう。
人参と玉葱の皮を剥くと、ピカチュウが準備OKだと言わんばかりにまな板の横に立った。

「じゃあ千切りでお願いね」
「ピッカ!」

瞬間、ピカチュウの尾がギラリと鋭利になり鈍く輝く。
それを目にも留まらぬ速さで野菜に振り下ろしていく技は、もはや芸術だとレッドはしみじみと思う。
10秒もしないうちにそこには綺麗に千切りされた野菜が並んでいた。
要するに、アイアンテール。
きっとこのような用途に使うのはレッドくらいだろう。
いや、むしろこんなことが出来るのはレッドのピカチュウだけ、と言うほうが正確かもしれない。

「相変わらず完璧だね。ありがとう」

よしよしと頭を撫でてやれば、ピカチュウは嬉しそうに耳をパタパタさせる。
可愛い。
全ポケモンの中で一番可愛いのはピカチュウだとレッドは自信を持って言える。
これに勝る愛くるしさが他のポケモンにあるだろうか、いや、ない。
一人で納得してうんうんと頷くと、レッドはピカチュウを抱き上げてシンクへと運ぶ。
そこには水を張った桶が置いてある。

「目と尻尾洗いなよ。玉葱のせいでしみるでしょ?」
「ピーカ」

先程から瞬きが多いし、きっと玉葱にやられているのだろう。
ピカチュウが桶に顔を突っ込んだのを見届けて自分は他の準備にかかる。

"明日の朝ご飯は…肉まん蒸かせばいいか"

早々と明日のことも考えながら水と天ぷら粉を溶く。
早く食べてしまわないと賞味期限が切れてしまうものが冷蔵庫には所狭しと詰まっている。
ちなみに、他にも野菜、乾麺、米、ドリンク類、とりあえず生活に困らないだけのものは家に揃っている。
しかし、レッドが自分で買ったものではなかったりする。
じゃあどうしたのかといえば、ほとんどが男からの貢ぎ物なのである。
だいたいの男は一人暮らしをしていると言うと、嬉々として何かしらを買って寄越してくる。
服、アクセサリー、靴などはもう収納出来ないほどになってしまった。
しかし、女物の服は露出がひどすぎるものや、こんなもの着れるかと叫びたくなるようなものも多くて、着られない…というより着たくない服はまとめて売ってしまおうと最近画策中であったりする。
物をくれるのはありがたいが、使える物にして欲しい。
そして貢いでくる男にも、たまに酷く面倒な奴がいる。

「…この前の男は酷かったな…」

苦い気持ちがそのまま口に出てしまい、慌てて口をつぐんだ。
耳の良いピカチュウが不思議そうにこちらを見てくるが、それになんでもないよと笑顔を返す。
そう、この前の男。
一人暮らしだと食事の栄養が片寄るだろうと野菜を買ってくれたまではいいのだが、自分が家まで行って料理してやると言い出したのである。
それを何とか断り、しかし押し切られそうになり、最後には走って逃げ出したという惨劇は記憶に新しい。
ポケモンを使えれば、ピカチュウの電撃で威嚇することもリザードンで早々と飛んで逃げることも出来たのに、今の自分はその選択肢を持ち合わせていない。
それが怖くてしょうがない。
ポケモンを使えない自分は本当に無力で、特に男に腕を捕まれたりしたら、女の時はふりほどくことも出来ないのである。
ピカチュウがいるではないかと言っても、ピカチュウは絶対に人前に出してはいけない。
例の条例で、ピカチュウは勿論、ほぼすべての電気ポケモンは保護指定されている。
電撃等を見られて上の耳にその情報が入れば、奴らはどんな手を使ってでも自分を探り当てるだろう。
恐らく今この街にいる電気ポケモンは、ここにいるピカチュウ一匹だけなのだから。
そう、奴らが唯一逃がしてしまった、今の自分の唯一の手持ち…
本当はグリーンとの対戦でもピカチュウは出すべきでなかった。
しかし、毎日窮屈な思いをしている相棒にどうしても戦わせてあげたかった。
どうしても自分がこの相棒で戦いたかった。
レンタルポケモンを全部自分の手持ちと同じにしたのも、そこからくる気持ちだった。
しかし、やはりレンタルポケモン。
当たり前だが、自分の手持ちの時とは全然バトルの感触が違う。
久々のバトルに興奮しながらも、どこか物寂しい気持ちも確かにあったことは否めない。
手元にいない他の皆は元気だろうか。
酷いことをされていないだろうか。
寂しい思いをしていないだろうか。
グリーンとの対戦後はそんな考えが何度も頭を掠めた。

「はぁ…」

小さくため息をついて、下準備が出来たかき揚げをシンクのほうに移した。
ちらりと窓から外を見れば、いつの間にか雨が降り出している。
ゴロゴロと雷も鳴っていて、これは酷くなるかもしれないなとなんとなく考えいると、玄関の呼び鈴が鳴った。
一人暮らしということに加え知り合いもそんなにいるわけではないため、呼び鈴が鳴ることなどめったにない。
何かの勧誘か、セールスか、大家さんか…
勧誘やセールスなどであれば適当に断ればいいと考えながら、玄関へ行き特に警戒することなくドアを開けた。
しかし小さくドアを開けた瞬間、覗き窓から相手を確認しなかった一瞬前の自分を深く恨んだ。

「紅ちゃん~」
「っ!?」

慌ててドアを閉めようとするものの、相手の足がドアと壁の間に滑り込み、それで出来た隙間から手が入り込んできてドアノブを必死で押すレッドの手首を掴んだ。
驚いて半分パニック状態のレッドを嬉しそうに見ると、相手はレッドを掴んだままドアを強引に開けて玄関に入ってきた。

「なにすっ、やだ!!離せっ!!」

いきなり迫ってきた相手に、レッドは反射的に大声を上げたが、その口もすぐに手首を掴んでいない方の手で塞がれる。
相手の顔が息がかかる程に近づいてきて、思わず顔を背けた。
酒臭い息。
どこかで飲んできた帰りだろうか。
そして目だけで相手の顔を確認すれば、それが先程思い返していた例の野菜の男であることに気づく。
走って撒いたと思っていたが、実は家までつけてきていたということか。
しかもよりによって夜に来るとは…

「んんんーー!!」
「ねぇ紅ちゃん、何でもう一度俺とやってくれないのかな?あんなに熱い夜を一緒に過ごした仲なのに…」

誰がやるか!と精一杯の拒絶の意を込めて相手を睨むが、相手は全く気にする素振りも見せずそのままレッドを床へと押し倒した。
全く遠慮のない手が不躾にTシャツの中へと滑り込み、レッドは目を見開いた。

"コイツ…本気だ"

恐怖を感じて本気で暴れるものの、上から覆い被されてしまっているため形成逆転は絶望的である。
腹から順に撫で回され、Tシャツを上へ上へとたくしあげられる。
背中がフローリングに生で当たって冷たい。
いや、そんなことよりも、下着を付けていないという重大問題が。
生身の胸がさらされると、男は嬉しそうに顔を寄せようとする。

「~~~~~っ!!!」

気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!
はぁはぁと男の荒い息が身体にかかって悪寒が止まらない。
そのとき、バチバチという聞き慣れた音が聞こえてきてレッドは首だけを無理に捻ってリビングのほうを見た。
ピカチュウが電撃をその小さな身にまとってレッドの上に被さる男を睨んでいる。
レッドはピカチュウと目線が合ったのを確認すると、駄目と強く首を振った。
困惑した表情のピカチュウがこちらに一歩足を踏み出すのも目で以て静止させる。
ピカチュウを他人に晒すわけにはいかない。
幸い、男はピカチュウのほうなど見向きもしていない。
大丈夫だから、戻って。
そう伝えようとしたところで、男の顔が胸へと埋められてレッドはビクリと身体を震わせた。

「んんんっ!!」

恐怖と気持ち悪いのといろいろで目尻から涙が零れた瞬間、目の前に眩い閃光が走った。
駄目だと叫ぶ暇も与えず、雷が落ちたような轟音が部屋に響く。
レッドは目の前の光の暴発に耐えきれず目を強く瞑った。








「あーぁ、雨降ってきたよ…ついてねー!」

グリーンは例の店からの帰り道、小走りに人気のない住宅街を駆けていた。
傘は持っていない。
持っていたとしても、雷が近くなり始めているからささないほうが賢明かもしれないが。
ゴロゴロと雷が鳴る度に足を気持ち早める。
ここまで濡れてしまえば歩いても走っても結果は変わらないかもしれないなと思いながらなんとなく視線を上げた瞬間、グリーンの目に青白い光が入ってきた。
次いで爆音と弾けるような光。

「え?」

同時に空が光ってゴロゴロと雷もなるが、今のはおかしい。
光の元は確実にアパートの一室からだった。
瞬間、グリーンは躊躇わずにそちらに向かって足を踏み出していた。
今のはポケモンの電撃ではないのか。
そしてそこから連想されるのはレッドのピカチュウである。

「っ、レッドがいんのか!?」

そのアパートはそんなに遠くない。
全力で走ればそこにたどり着くのには2分もかからなかった。








「ピカチュウ…ボール戻って…!」

ボールは運良くバックルに付いたままだった。
レッドは気絶する男の下敷きになったまま、ピカチュウに向かって空のボールを投げた。
ピカチュウの収まったボールは良い感じにリビングの冷蔵庫とシンクの間の隙間に転がっていく。
しかしホッとするのもつかの間、男が唸るような声を上げて目を覚ました。
何が起こったのか分からないらしく、先が焼け焦げた髪を不思議そうに触っている。

「そこどいてくれない?」

ピカチュウが手加減してくれたのをありがたく思えという気持ちを込めて男の胸板を押す。
しかし男は自分の下敷きになっているレッドに気づくと、思い出したようにニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
この期に及んでまだやめないつもりか。

「や、やだ…!誰か、助け…っ」

一気に血の気が引いたレッドだったが、相変わらず上に乗ったままの男のせいで身動きが取れない。
絶望に、止まっていた涙が再び溢れ出す。
その時、玄関先に足音が聞こえてレッドは驚いてそちらを向いた。
誰でもいい、助けて欲しいとその足音の主を仰ぎ見れば、予想しなかった
相手に目を見開くことになった。

「グリー、ン…?」
「レッド!?…や、女…?」

グリーンのほうも驚愕に目を見開いてこちらを見ている。
しかしレッドに乗っている男のほうに目を向けると、急に表情を険しくした。
玄関先でなど、合意の上でないのは確実である。
電撃を食らった跡があるといい、乗られている彼女が泣いているといい、状況は最悪だとすぐに判断できる。

「おいおっさん、何してんだよ」

ドスの効いた低い声で詰め寄り、その胸ぐらを掴み上げれば男は青ざめて目をキョロキョロさせた。

「きっ、君こそ何なんだ。いきなり入ってきて、無遠慮じゃないか」
「その口が言うのかよ…あぁ?」

完全にキレていると分かるグリーンのその口調に、男はただただたじろぐばかりである。
グリーンは男の胸ぐらを掴み上げたままケータイを取り出すと、その顔をケータイのカメラで撮った。
男が顔をひきつらせて顔を反らすがもう遅い。
グリーンは口端をつり上げるとそのケータイを男の目の前でちらつかせた。

「いいのかなぁ、この写真警察に突きつけても」

男はわなわなと震えたままぶるぶると首を横に振っている。
グリーンはケータイを横の下駄箱の上に置くと、男の背広から財布を抜き取って中を物色する。

「あれ?おっさん奥さんいるんじゃねぇの?このこと知ったらどう思うんだろうな」

免許証やその他のカードを眺めながらグリーンが言う。
男はもはや半泣きで首を横に振るばかりである。

「黙ってて欲しければ今後一切ここに近づくな。彼女に近づくな。今日あったこと、見たことを誰にも話すな。分かったな…?」
「は、はい…」

グリーンが胸ぐらを離した瞬間、男はよろけながらも慌てて部屋から出ていき、傘もささずに全速力で雨の中を走り去っていった。

「…ありがとう」

後ろからの控えめな声に、グリーンはハッと我に返ってそちらを振り返った。
はだけられた服に、涙で潤んだ扇状的な緋色の目。
今日探し求めた彼女があられもない姿でそこにへたりこんでいた。
髪が短かったから最初はレッドかと思ったが、そこにある胸は本物である。

「えっと…紅ちゃん…だよな?」

確認の意を込めて聞けば、彼女はあぁ、と自分の髪に触れた後、こくりと頷いた。

「長い方が女らしいかなって思って、いつもはウィッグかぶってる…」

彼女を抱き起こすが、どうやら腰が抜けてしまって立てないらしい。
グリーンはひょいと彼女を抱き上げると、驚く彼女を無視して寝室のベッドの上まで運び、優しく身体を下ろした。
相手がお礼を言おうと口を開くのを遮るように、ベッドに横たわる彼女の顔の横にグリーンの手が置かれる。
レッドが逃げられない、と悟ったのは遅くもその時点だった。

「…なんであんな状況になってたんだ?」
「家…知られちゃったみたいで…」
「なんでドア開けたんだ?」
「……セールスか何かかと思って…」
「あの男との面識は?」
「……店で」
「…この部屋からなんか電撃みたいなのが見えたんだけど、ここにピカチュウとかいたんじゃねぇの?」
「……」
「…レッドって知ってる?」
「……」

知っているのも何も、今グリーンが見下ろしているのがそのレッドなのだが、そのことをグリーンが知る由もない。
立て続けにくる質問に、しかも答え難い内容に、レッドは顔を背けた。
…が、顎を捕まれて再びグリーンのほうを向かされる。
その顔の真剣さにレッドは思わずぎくりとなってしまう。
そしてグリーンはレッドが頑なに結ぶその唇に指を這わせると、次の瞬間その唇を自分のもので塞いだ。
驚いて僅かに口を開けた瞬間を狙って無理矢理口内にねじ込まれてきたものにレッドの身体がビクンと震える。
長い長いそれに酸欠になりかけたところでやっとこさ解放してもらえ、呼吸を許された。

「んはっ…はっ、はぁ…っ」
「答えてくれないとやめねぇ」
「…っ」

答えられるわけがない。
泣きそうな表情で無言で訴えるレッドだが、もちろんそれでグリーンが納得するはずもない。
そしてグリーンには聞きたいことの他に確かめたいこともあった。
彼女の身体…
そっと服の中に手を入れ脇腹をさする。
それだけで彼女の顔は真っ赤に染まる。
知りたい。
知りたい。
どうしても、知りたい。
彼女が、知りたい。

「グリーン…?」
「それに、俺、おっさんに襲われてるおまえ見て冷静でいられるほど大人じゃねーから」
「え…」

困惑した顔で見上げてくる彼女…レッドに、グリーンは嘘くさい笑みを浮かべた。













→5