「俺…なんでこんなところにいるんだ…?」

グリーンは誰もいない部屋の中、ベッドから起きあがって呆然としていた。
ケータイの時計を見れば午前7時10分。
そろそろ起きないと学校に遅刻する。

「…いやいやいや」

ゆるゆると首を振ってぐるりと辺りを見渡す。
どう見てもここはラブホだし、何より裸の自分がここで何をしていたかを物語っている。
更に、部屋に微かに漂う情事後の匂いが、自分が昨夜何をしていたのかを強制的に脳裏に蘇らせた。
そうだ、あの店で会った女の子と…

「あぁぁああああっっっ」

グリーンは奇声を発してベッドに突っ伏した。
誘われるがままにほいほい付いていき、促されるがままに抱いてしまった。
彼女が昨晩寝ていた場所に温もりは残っていない。
どうやらずいぶん前に出て行ってしまったようだ。
ベッドにダイブした体勢のままちらりと机に目を向ければ金が置いてあり…まぁ、要するに男の立つ瀬がないというやつだ。
グリーンはベッドから降りると風呂場へ向かった。
中は濡れていない。
シャワーも浴びずに帰ったのだろうか…あんなに汗をかいていたのに…。
そんなことを考えていたらまた身体が熱くなってきて、グリーンはシャワーの蛇口をひねった。
出てきたお湯は思っていたより温度が低かったが、たった今火照った身体を冷やすには丁度良い。
ジャグジー付きの湯船に心が揺れたが、このままでは学校に遅刻する。
軽く頭と身体を洗い、グリーンは早々とホテルを後にしたのだった。















         2



「グリーン先輩おはよーございまーす!」
「おぉ、はよっす」

遅刻ギリギリで校門をくぐったグリーンは、後ろから聞こえてきた声の主を振り返った。

「グリーン先輩、もっと余裕を持って学校来なくちゃ駄目ですよ」
「おまえらもな、ヒビキ、コトネ」
「えへへへへ」
「えへへへへじゃないとコトネ!コトネが寝坊したから…」

仲良く走ってきた二人はグリーンを追い越し玄関へと飛び込む。
茶色がかった髪を二つに結んだのがコトネ。
黒色の髪につばを後ろにして帽子をかぶっているのがヒビキ。
2年であるグリーンと違い、二人は数ヶ月前にここに入学してきたばかりの1年である。

「そういえばグリーン先輩、今日は定期バトルの日ですよ!ちゃんと出ますよね!?」
「…自分のポケモン使えねーとかつまんねーよ…」

半分睨み付けるような視線を寄越したコトネに、グリーンは靴を代えつつ苦笑を返す。
定期バトル。
この学校には定期的に学校内でバトルを行うという伝統的習慣がある。
その日は午前授業となり、午後からは全てバトルに授業時間があてられる。
ちなみにグリーンは前の定期バトルをサボった。
コトネはそれを咎めているのだろう。
別に強制参加ではないし、実際に参加するのは全校生徒の半分程であるが、前回グリーンが出なかったことで盛り上がりに欠けたというのも事実。
グリーンは毎度全校内優勝を奪っており、未だにグリーンを越す者は現れていないのである。

「とにかく!今日のは出て下さいよ!?今日こそグリーン先輩に勝ちますから!」
「コトネ、そういうことは僕に勝ってから言いなよ」
「違うもん!前はポケモンの組み合わせが悪かっただけだもん!次は絶対勝つし!」
「あはは、今日が楽しみだね~」

ヒビキとコトネがそんなやり取りをしているうちに予鈴が鳴る。
慌てて走り出した二人に続き、グリーンも足早に階段を駆け上がった。
1年の教室は1階だが、2年は2階にある。
廊下の向こうに走っていく二人が交わす会話は、グリーンにはすぐに聞こえなくなった。

「そういえば知ってる?ヒビキくん。この学校って、元リーグチャンピオンがいるらしいよ」
「リーグチャンピオン!?嘘だろ!?」
「んー…、私も噂で聞いただけだからなぁ…嘘かもしれないけど……そんなスゴい人なら定期バトルに出てない訳ないしね」





***





授業が終わった。
教室内が騒がしくなってきた。
グリーンの周りでも午後からの定期バトルの話題ばかりになってきた。
コトネがわざわざグリーンの教室まで来て参加するように念を押していった。

「・・・・・・・・・・はぁ」

グリーンはため息をつくと椅子から立ち上がった。
どうにもやる気が起きないのをなんとか顔に出さないよう努めながら、教室を出て自販機のある一階へと向かう。
その間にもすれ違う同級生から今日は出ろよだの、期待してるぞだのと声をかけられる。
それにてきとうな言葉を返しながら、グリーンは再びため息をついた。
別にポケモンバトルが嫌いな訳ではない。
むしろ大好きである。
それなのに今現在のようにやる気が起きない理由がグリーンにはあった。
一つ目に、先ほどもコトネに言ったように自分のポケモンが使えないということ。
そして二つ目に、自分と張り合える実力を持つ人がいない、ということである。
3年の先輩さえも蹴散らすグリーンの連続優勝記録がそれを物語っている。

「なんかこう…つまんねぇんだよなぁ……って、うおっ!?」
「っ、ごめん」

下を向いて歩いていたグリーンは、いきなり左肩にきた衝撃に思わず声をあげてふらついた。
驚いて左を見れば、黒髪の少年が尻餅を付いている。
どうやら曲がり角で自分と衝突して倒れたらしい。

「わ、悪ぃ、大丈夫か?」
「そっちこそ…」

大丈夫、と言い掛けたであろうその少年は、グリーンを見上げた途端ギョッとした表情を浮かべた。

「ぇ…グ…」
「え?」
「っ、いや、何でもない」

慌てて顔を背けた少年だが、反対にグリーンの目は彼の瞳に釘付けになっていた。
燃えるような、緋色の瞳。
見たことがある。忘れるはずがない。だって、それは…
しかし、口を開いてまさに言葉を発しようとしたその瞬間、後ろから女子生徒がグリーンの肩を叩いた。

「グリーンくん、今日のバトル楽しみにしてるから!」

慌てて後ろを振り返り、「あぁ」と目を輝かせる女子たちに曖昧な返事をする。
すぐに視線を元に戻せば、少年は立ち上がってグリーンのほうをジッと見ていた。

「君、バトル出るの…?」
「ん、あ、あぁ…」
「…そっか」

少年は少しの間何かを考える素振りをしていたが、すぐに踵を返してその場から走り去ってしまった。

「あれ?グリーンくん、レッドくんと仲良いの?」
「レッド?」
「うん、うちのクラスだよ~。6組。全然目立たないし、学校もよく休んでるから友達といるのとか全然見たことなくて。だからグリーンくんと仲良いとか意外~!」

女子生徒たちは勝手に盛り上がって言いたい放題言うと、すたすたと歩き去ってしまった。
一人取り残されたグリーンはポソリとその名前そ呟く。

「レッド…」

聞いたことがない。
グリーンは1組のため、6組まで足を運ぶことはめったにない。
1年の時も違うクラスであったし、グリーンが知らないのは無理もないのだが。

しかし、もう知ってしまった。


ーーーーーあの緋色の瞳が目に焼き付いて離れない。




***





"…グリーン、この学校だったんだ……っていうか、高校生…?"

校舎の裏まで走ってきたレッドは、周囲から見えないことを確認してから建物の影に座り込んだ。
バクバクと五月蠅い心臓を服の上から押さえる。

「どうしよう、ピカチュウ。僕、今すごくドキドキしてる…」

呟くようなその言葉に応えるように、レッドのポケットの中にあるボールがカタカタと鳴った。
身体の芯が熱くなる感覚。
止まらない。
止めたくない。

「やりたいな……グリーンと…やりたい…」






***






「グリーン先輩、お疲れ様です」
「あぁ、コトネか。そっちはどーだった?」
「どーだこーだもありませんよ!!負けました…完全敗北です…」
「へぇ、お前がボロ負け…」

グリーンは些か驚いてコトネを見た。
しょんぼりしたコトネを見るに、余程コテンパンにやられたらしい。

ここは定期バトル会場。
結局グリーンは皆に言われるがまま参加し、皆の期待通り只今連勝中である。

「うぅ、悔しいです…」

辺りは歓声に満ちていて、末尾が萎んだコトネの声は集中していないと聞き取れないほどである。
グリーンに啖呵を切るだけあって、コトネは決して弱くない。
一度この定期バトルで戦ったことがあるが、そのセンスには目を見張るものがあった。
実際コトネは3年生とも互角にやり合える実力を持っている。
そのコトネがボロ負け……
グリーンはバトルフロアをぐるりと見渡した。
建物の一階を4つに仕切ってあるバトルフロアを今はフルに使って試合を行っている。
学内に別館としてあるこの建物はバトルに特化した造りになっており、巨大な液晶ディスプレイには今現在のバトルの状況がリアルタイムで更新されている。
今また一つのバトルが終了したらしく、拍手と歓声とともにディスプレイがトーナメント表へと切り替わった。
次のグリーンの試合は準決勝である。
どうやら今勝った方がグリーンと戦うことになるらしい。

「あぁ、あの人前回の優勝者ですよ。しっかりぶちのめしてきてくださいねグリーン先輩」
「おいコトネ、目ぇ座ってんぞ」
「だってムカつくんですもん!グリーン先輩が出てたら絶対優勝とか出来なかったくせに自慢しまくってて!!」

ギャーギャーわめくコトネは放っておき、グリーンはフロアに視線を戻した。
途端に先程とは比べものにならないほどの大歓声が建物内に響く。
どうやらまたバトルが終了したらしい。
しかし、この割れんばかりの大歓声…

「何だ?今の試合そんなにすごかったのか?」
「あぁ、私がボロ負けした相手です。可愛い顔してますけど見惚れてたら瞬殺されますよ」
「つまりお前は見惚れてたと」
「・・・・・」

わざとらしく目をそらせたコトネの頭を軽くはたいてグリーンはバトルフロアへ目を凝らす。

「あの全身赤い人ですよ」

コトネが指さす先には、学校指定の赤いジャージを肘、膝までたくしあげ、赤い帽子をかぶった生徒がいる。
遠目からであるのと、帽子を目深くかぶっているのも手伝って顔はよく分からないが、長い黒髪をゆるく二つに結んでいることから女だということが分かる。
もっとよく見ようとしたが、その生徒はすぐにポケモンをボールに収めてフロアを後にしてしまった。

「おいおい、まだ手持ちすら確認出来てねーんだけど…」
「んー…なんか一回戦から全く替えてないみたいですよ」
「マジで!?」

グリーンは驚いてその生徒が去ったドアを見る。
ポケモンは学校側が用意した中から6匹の手持ちを最初に選ぶ。
これは何度代えても良いため、自分の使いやすさ、相手の傾向に合わせて替えるのが普通である。
ちなみにグリーンも、ここまで試合が終わる度に一匹は必ず交換してきている。
自分のポケモンじゃあるまいし、ずっと同じポケモンを使い続けるなど前代未聞だ。

「何考えてんだ、あいつ…」
「まぁ準決勝進出ですし。それでもここまで来てるんだからそういうのもアリってことなんじゃないですか?」

言われてグリーンも考え込む。
準決勝前までは参加人数と時間の関係で6匹中3匹倒したところで試合終了となるが、準決勝からは公式試合と同じく6匹全て倒さなければならない。
グリーンならば準決勝までに6匹全部を自分にとってベストなものにしておきたい。
良いと思っても使ってみるとしっくりこないポケモンというのはけっこういるものである。

「あー…駄目だ。俺は交換する。ちょっくら行ってくるわ…」

準決勝に備えてグリーンはポケモン交換所へと向かう。
準決勝の相手はやたらと鳥ポケモンが好きなので、電気系と氷系を一匹ずつくらい入れておいた方がいいだろうと考えた故である。

「コトネェー!ボロ負けしたよぉ~…」
「あ、おかえりヒビキくん」

グリーンとほぼ入れ替えで観客席にヒビキが戻ってきた。
こちらも先程のコトネと同じく酷くしょんぼりしている。

「そっか、ヒビキくんもあの赤い人に当たったんだっけ?」
「え?バトル見ててくれなかったの?」
「強いよねぇ、あの人…グリーン先輩とどっちが強いかな」

ヒビキの言葉をスルーしてコトネが呟く。
コトネは観客席の手摺りにもたれ掛かって、今度はヒビキのほうを見ながら言った。

「でもさ、負けたけど…すごく悔しいけど…なんか、すごく楽しかった」
「あ、それは僕も思ったかも」

コトネの言葉にヒビキも素直に頷く。

「それにね、あの人、去り際に言ってくれたの。“悪くなかったよ”って。ねぇ、ヒビキくん。あの目に見つめられて、ちょっと低めの声でさ。……超クールビューティー…」
「コ、コトネ…?」

わずかに頬を紅潮させてぼんやりとしている心ここに在らずなコトネを見て、ヒビキはバトル後の高揚感も悔しさも一気に吹っ飛んでしまった。
代わりに激しい焦燥感がヒビキを襲う。
確かにものすごい美人だったが、こちとらコトネとは小さい頃からずっと一緒にいる仲なのだ。
ぽっと出の、しかも女にコトネを奪われるわけには…

「だだだだ駄目だよコトネ!!」
「あ、準決勝始まるみたい」

半分涙目のヒビキの叫びも虚しく、コトネの興味はすでにフロアのほうに向いていた。
準決勝からはフロアの仕切りは2つになり、バトルスペースは実質上倍になる。
その分バトルの幅はずいぶん広がることになり、バトルもより白熱したものとなるのである。
期待に、建物内が歓声と熱気に包まれていく。
出場者は生徒の半分ほどと言っても、応援をしているのはほぼ全校生徒である。
何百という目が、二つのバトルへと注がれていた。

「まぁ、決勝戦に出る方は分かり切ってるようなものだけどね」













→3









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めちゃくちゃなバトル設定すみません…;;
多分次もっと酷い設定でてきます…