1歩進んだ。

君は隣で笑ってくれた。

2歩進んだ。

君は1歩後ろにいて背中を守ってくれた。

3歩進んだ。

君は少しだけ寂しそうな顔をして背を押してくれた。

4歩進んだ。

振り返ったそこに、君はいなかった。














         14




「ビッカァ!」

ピカチュウのフラッシュが暗い廊下をぼんやりと照らしていた。
ヒビキは休むことなくドアをというドアを全て開けていく。
手汗のせいでドアノブを捻る手が滑るのがひどくもどかしい。
開けたドアを閉める時間さえ惜しい。
焦る気持ちをなんとか抑えてまたハズレだったドアを閉める。

「ピカチュウ、ちょっと待って…」

レッドと別れた後、ヒビキはボールの中で暴れまくるピカチュウを外に出した。
出してから、主人の所に帰ってしまうのではないかと一瞬ひやりとしたが、ピカチュウは主人の命を遂行することを選んだようで、率先してヒビキの前を駆けていた。
今もヒビキを急かすように次のドアの前でこちらを見ている。
どうやらここの部屋も人の気配は無いらしい。
期待を込めずに開け放てば、案の定そこはただの物置だった。

「ピッカ!」

ヒビキがドアを閉めている間にもピカチュウはどんどん先に進んでいく。
足音もドアの開閉音も、既に気にしていられなかった。
これだけガチャガチャ音を立てて進んでいても誰も出てこないのだから、もうこの辺りには誰もいないと踏んで問題ないだろう。
ピカチュウをボールから出すのはさすがに躊躇したが、どうせ目当ての部屋で出すことになるのだ。
遅いか早いかの問題なら、人間を卓越した嗅覚、聴覚を借りるためにも早めに出したほうが捜索が進むだろうというヒビキの独断である。
それに、サカキは既にレッドの手持ちであるピカチュウの存在を把握している。
監視カメラに映ってしまっていても、レッドのものであることが分かるだけで、それがヒビキに直接繋がる要因にはなり得ない。

"とにかく、早く…見つけなきゃ…"

奥歯を強く噛み締めてピカチュウが待つ次の部屋のドアノブへと手を伸ばす。
そしてヒビキは、そのドアノブが最後まで回らないことに気づいた。
汗で滑ったわけではない。
鍵が、かかっているのだ。
ここまで鍵がかかっている部屋は一つも無かった。

"もしかして…もしか、するのか…?"

期待と焦燥で心臓の鼓動が早まる。
ヒビキは震える手で腰のボールに手を回した。
念のため自分の身体で覆うようにしてポケモンを召還する。
暗い廊下に微弱な光を放って現れたのは、いつかのためにと、コトネと共にゲットしてきたメタモンだった。
レベルは低いが、メタモンは何にでも応用が利く。

「頼んだよ、メタモン…」

ヒビキの懐で蠢いていたメタモンは、ドアノブに身体を絡めると鍵穴へと自身の一部を捻り込んだ。
電子ロックだったらメタモンではお手上げだったが、従来型のアナログの鍵なら完全に十八番である。
少しの間をおいて、カチリという無機質な音がヒビキの耳に飛び込んできた。
メタモンを見れば、得意げに身体をくねらせてヒビキの懐へと帰ってくる。
ありがとう、と小さく呟いて、ヒビキはメタモンをボールにしまった。
生唾を飲み込んで、先ほどとは違い最後まで回るドアノブを捻ってドアを開け放つ。
ヒビキが部屋の中を確認する前に、ピカチュウが開いたドアの隙間から部屋の中へと飛び込んでいた。

「ピカチュウ!?」

慌てて後に続けば、続いて見えた光景にヒビキは目を見開くことになった。
ホールのような空間に、10段ほどに分けられ所狭しと敷き詰められたモンスターボール。
見渡す限りのボールの数々にヒビキが圧倒されている間にも、ピカチュウはボールの方へと駆けだしていた。
ヒビキもすぐに我に返ると、慌てて綺麗に並べられている膨大な数のボールに近寄る。

"レッドさん…見つけましたよ…!"

レッドの手持ちを真っ先に探したいところだが、ヒビキではどれがレッドの相棒なのかが分からない。
まずは自分のポケモンを見つけ出してからだと思い直して、ヒビキはひとまず目の前のボールを確認してみる。
タッツー、タッツー、タッツー、タッツー、タッツー、シードラ、シードラ、シードラ、シードラ、シードラ、シードラ、トサキント、トサキント、トサキント……

「全国図鑑の順に並んでるのか…?」

瞬時に並び順を把握したヒビキはすぐさま頭をフル回転させる。

"トサキントが118番だから、近い番号だと…130番のギャラドス…"

同じ段を小走りにチェックしていくと、大量のコイキングゾーンに到達した。
金色のコイキングを思わず凝視しそうになるのを耐えて、同じく色違いのギャラドスを探す。
いかりの湖で出会った赤いギャラドス…
他のギャラドスと違い異彩を放つそれはすぐに見つかった。
それを手にした瞬間、ほっとしたのと嬉しいのとで胸がいっぱいになる。胸に熱い何かがせり上がってくる。
ぽっかり心に開いた穴が少しだけ埋められたような、そんな温かな心持ち。
コトネに自慢したくて、電話したのになかなか出てくれなくて、じれったくて家まで飛んで直接見せに行ったのが遙か昔の出来事のように思える。
ヒビキはへにゃりと笑うと、ギャラドスのボールを大事に胸に抱えた。
実際の重量には遙かに及ばないけれど、そこにあるのは確かに一つの“命”だった。

「おかえり…」

ボールを額に持っていってそう呟くと、ヒビキはそのボールを腰に装着した。
いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。
自分のパーティーはギャラドスだけではないのだ。
いや、自分のポケモンはパーティー以外にもたくさんいる。
今は連れて帰ってあげれないけれど…

"カイリュー……149番……バクフーン、157番……デンリュウ…181番…"

頭の中で図鑑をめくりながら次々に自分のパーティーメンバーを回収していく。
バクフーンの近くにはコトネのメガニウムもいた。
久しぶり、と笑いかけてメガニウムもポケットに突っ込む。

"ブラッキー…197番…"

夜にこっそり家を抜け出し、イーブイを連れ回して進化させたブラッキー。
興奮時に毒素の混じった汗を出すことから危険とされ、保護指定ポケモンにされた。
害なんて…あって無いようなものなのに…
赤い目でこちらを見るブラッキーも、迷わず自分の相棒を選び抜いて腰に戻す。

「次は…」

止まっている暇はないと踵を返した瞬間、ヒビキのポケットで何かが震えた。
ポケモンではない。
これは…電話…

"やばっ!!"

瞬時に血の気が引く。
捜索に没頭しすぎてコトネたちの方に連絡を入れるのをすっかり忘れていた。
ヒビキは慌てて通話ボタンを押して電話を耳に当てる。

「も、もしもし!?」
『ヒビキ!部屋見つけたぞ!!』
「へ?」

開口一番向こうから聞こえてきたグリーンの声に、思わず間抜けな返事を返してしまった。
当然だが、グリーンはこの部屋にはいない。
…ということは、部屋は一つではないということになる。

「僕も見つけました!今集めてる最中です!」
『やっぱりもう一部屋あんのかよ…』
「やっぱりって…?」
『や、全然足りねぇんだよ、ポケモンが。番号の若いのが全然いねぇ』
「…っ!」

ヒビキは部屋の端へと走った。
ブラッキーの先。保護指定を受けていないヤミカラスがとんで、ヤドキング、ムウマもとんで、アンノーン…
その先が無かった。

「202番以降そっちにあるってことですかね」
『んで、今自分のポケモン探してるんだけどよ、さすがに数が多すぎてなかなか見つからなくてよ……番号順に並んでるってことは分かるんだけど…』
「ポケモン…探してるポケモンは?」
『は?』
「だから、グリーンさんのポケモンです!何探してるんですか!?」
『バンギラスとドサイドンだけど…』
「……バンギラスが248番、ドサイドンが464番。バンギラスは周りが伝説ばかりなので多分ジュカインとか御三家の辺りにいるはずです。ドサイドンはモジャンボとかベロベルトがいる辺です」
『………っ』
「聞いてますか?分かりましたか?」
『…ぁ、ああ、サンキュ!』
「あとコトネのトゲキッスもドサイドンの辺にいるので伝えておいてください」
『お、おう…』

忘れずに自分がいる部屋の位置も告げて通話を終える。
ヒビキは改めて広い空間をぐるりと見渡した。
200番以下がこの部屋に収容されているとすれば、皆の手持ちの多くがここにあることになる。
今回捜索のメインになるグリーンの手持ちは、ナッシー、ウインディ、カイリキー、ピジョット、そしてバンギラスとドサイドン。
バンギラスとドサイドンは先ほどの助言で見つけられるはずである。
後はグリーンたちがこちらの部屋に着いた際に、どれだけ手際よく手持ちを捜索出来るか。

"ピジョットが18番、ウインディが59番…、カイリキーが68番…、……ナッシーが103番…"

ヒビキは懐からメモ帳を取り出すとそれを4枚破った。











「………」
「グリーンさんどうしたんです?」

通話が終わった様子にも関わらず呆けたようにその場に立ち尽くすグリーンに、コトネも捜索の足を止めて訝しげな視線を向けた。

「…ヒビキって…何者だ…?」
「ヒビキくんはただの天才です」

しれっと答えたコトネは、捜索を再開しないグリーンにしびれを切らして、未だに口をぽかんと開けている間抜け面にずかずかと歩み寄る。
そして腕を振り上げると、思い切りその背中を叩いた。

「いてぇ!!」
「で、ヒビキくんは何て?」
「えぇと、バンギラスが248番、ドサイドンが464番……バンギラスは周りが伝説ばっかだから多分ジュカインとか御三家の辺りにいる……ドサイドンはモジャンボとかベロベルトがいる辺……あと、おまえのトゲキッスもドサイドンの辺にいるって…」

ヒビキが言った情報を忠実に再現すれば、コトネは「さすがヒビキくん」とニヤリと笑みを浮かべた。

「どうなってんだあいつは。頭の中にデータベースでも持ってんのか」
「まぁ、そういうことでしょ。ヒビキくんは図鑑丸暗記してますしね」
「まじかよ!?」

驚愕に目を見開いたグリーンを軽く睨んで、コトネは早く探しますよと背中を強く押す。
そう、立ち止まっている暇など無いのだ。
グリーンも「悪い」と呟くと、すぐさま膨大なボール倉庫に視線を戻した。







「残りは…ヒビキのほうか…?」

ヒビキから情報をもらったバンギラスとドサイドンは、無事にグリーンの手元に戻った。
手の中に収まるボールの重みは、一度離ればなれになったからこそ分かる。これは、自分の分身の重みなのだと。
腰にボールの重量が加わって、そこでやっと自分の身体なのだという気がした。
それだけ、離ればなれの間自分の身体は軽くなってしまっていたのだ。
しかし、まだ足りない。
自分の身体は、こんなに軽くない。
あと4つ、まだ重くなる。

「早く、戻ってこい…」

残りの4匹はどれも150番以下だということはグリーンもさすがに分かっている。
コトネもこの部屋にはもう目当てのポケモンはいないらしく、グリーンの方を見て大きく頷いた。

「行きましょう。取り戻しに」










ヒビキが伝えてきた部屋は、グリーンたちがいる部屋からそこまで離れた場所ではなかった。
非常灯だけが照らす長く暗い廊下を抜けて、目的の部屋のドアを開ける。
中へ足を踏み入れれば、そこには先ほどいた部屋と同じ造りの空間があった。
違うのは中に人と、ボールから出たポケモンがいること。

「…っ、ヒビキ!」
「グリーンさん」

ヒビキはグリーンのほうへ駆け寄ってくると、すぐさま整然と並ぶ棚を指さした。
指す先の棚には所々に白い紙が貼ってある。

「グリーンさんの手持ちポケモンの場所チェックしておきました。早く見つけてあげてください」

どうやら、グリーンが探しやすいように残り4匹の場所に印を付けておいてくれたらしい。
グリーンはサンキュ、とヒビキにお礼を言うと、すぐさま一番近くのピジョットの方へと駆けて行った。

「ヒビキくん…!」
「コトネ!トゲキッスいた?」
「うん」

ふにゃりと笑ったコトネを見て、ヒビキもよかったと安堵の笑みを浮かべる。
そしてコトネの手を取ると、自身のポケットから出したボールを一つ一つ、そこに丁寧に乗せていった。

「え…これ…」
「うん、見つけておいたよ。コトネの仲間」

次々と手に乗せられていくメガニウムをはじめとした自分のパーティーメンバー。
コトネは驚いたようにヒビキを見たが、次の瞬間くしゃりとその顔を歪めた。

「ぁ、あり…が、と…」

見つけるの、早すぎ。
ボールだけは大事に胸に抱きかかえて、ヒビキの肩に泣き笑いのような酷い顔を埋める。
震える声で、なんとかお礼だけを言うだけで精一杯だった。
ヒビキはそんなコトネの頭を優しく撫でると、そっとその身体を自身の肩口から離した。

「コトネ…聞いて欲しいことがあるんだ…」
「………レッドさん、ここにいないよね」
「…うん」

コトネはすぐにヒビキの言わんとすることに気づいたらしい。
涙を拭うと、次の瞬間には真面目な顔つきになってヒビキと向かい合った。

「僕ら、もう一人の警備員に見つかりそうになっちゃって…それで、レッドさんが今も足止めしてくれてる」
「足止めって…どうやって…?」
「………多分、グリーンさんには言えないような…」
「…そっか。で、レッドさんのポケモンはどうするの?」
「レッドさんがピカチュウを貸してくれたんだ」

ヒビキは視線だけですぐ隣の棚の下の床を示す。
そこにはピカチュウが運んできたボールが4つ転がっていた。
中に収まるのはレッドの御三家とラプラス。
この膨大なポケモンの海でも、ピカチュウは一つ一つ確実に仲間を見つけ出していた。
今は最後の仲間、カビゴンを探している最中である。
このスピードならば、グリーンよりも先にレッドのポケモンが揃うだろう。

「グリーンさんに何て言うの…?」

声量を落としてコトネがヒビキに問う。
平静を装ってはいるが内心物凄く動揺しているということがヒビキにはよく分かる。
そして、ヒビキもその答えは出せていない。
グリーンも自分の手持ちが揃えばすぐにレッドがいないことに気がつくだろう。
そのとき、いったいなんと説明すればグリーンは納得してくれるのだろう。
いや、納得などしてくれるはずがない。
許してくれるはずがないのだ。
そしてきっと、グリーンはそのような行動を取ったレッドのことも許さない。

「ピッカ」
「っ!…ピカチュウ」

難しい顔をして俯いていた二人の間に、突如ピカチュウが顔を覗かせた。
どうやらカビゴンも無事に見つかったらしい。

「…おまえ、ホントにすごいなぁ」

ヒビキは苦笑混じりにピカチュウの頭をぐりぐりと撫でる。
ピカチュウは嫌そうに顔を振ってヒビキを手を払うと、ヒビキの方に集めたボールを転がしてくる。
ヒビキは頷くと、その大事なポケモンたちをしっかりと鞄の中にしまった。

「レッドさん、喜ぶね」
「ピカァ」

当然だというように、ピカチュウは耳をぴこぴこ揺らす。
その様子になんだか微笑ましい気持ちになって、思わず頬が緩んでしまう。
コトネも同じ気持ちらしく、優しい目でピカチュウを見ていた。

「ピッカァ!」

しかし、その空気を破ったのもまたピカチュウだった。
緊迫した様子でヒビキのズボンの裾をぐいぐい引っ張るのだ。
もうレッドの手持ちは全て回収したはずである。

「どうしたの…?」

ピカチュウの示す視線の先から考えるに、どうやら連れて行きたいところがあるらしい。
ヒビキはコトネを視線を合わせると、小さく頷いた。
ヒビキが立ち上がると同時にピカチュウが駆け出す。
そしてたどり着いた棚は…

「伝説…?」

ヒビキはまじまじと150番辺りのボールゾーンを覗き込んだ。
ここは先ほどヒビキもカイリューを探しにやってきた。
ピカチュウも今さっきカビゴンを回収してきたばかりだろう。
ならば、残る用は伝説くらいしか思い浮かばないが…

「さっきもちらっと見てびっくりしたけど、フリーザー、サンダー、ファイヤー…捕まえた人いるんだね。…よく見ればミュウツーとかもいる…」

ヒビキが物珍しそうにボールを見ていると、突如下で大人しくしていたピカチュウが目の前にその身体を滑り込ませてきた。
そしてあろう事か、ヒビキがちょうど今見ていたボールの開閉スイッチを押す。

「「え!?」」

ヒビキとコトネの声が見事に被った。
当然だ。
だって、それは幻のポケモン「ミュウ」から生み出された、その戦闘能力は折り紙付きな伝説の遺伝子組み換えポケモン。
主人のいない場所で出されて、自分たちにどうにか出来る相手ではない。
瞬時に真っ青になった二人を無視して、そのポケモンは微弱な召還光と共に目の前に現れた。
自分たちよりも高い背のポケモンをぽかんと見上げて絶句している人間のほうに目を向けたその伝説のポケモンは、僅かに目を細めた。

"おまえたちは…ここの人間…という訳ではなさそうだな"

「「っ!?」」

いきなり頭の中に響いてきた声に、ヒビキとコトネは更に目を見開いた。
状況からして、言葉を発しているのはこの目の前のポケモンで間違いないだろう。
ミュウツーはすぐに視線を外すと、今度は床にちょこんと立っているピカチュウのほうにちらりと視線を向けた。

"…久しぶりだな、子鼠。レッドは一緒ではないのか?"

そして次いで響いてきた言葉に、二人は思わず顔を見合わせた。
ミュウツーが言う子鼠は、おそらくピカチュウのこだろう。
そして出てきた“レッド”という名前。
そこから導き出される答えは…

「まさかレッドさんの…」
「ポケモン…?」

呆然とそう呟けば、ミュウツーは再び二人の方へ視線を戻してきた。

"あのバカはどこにいる?"

「レッドさんなら建物内にいます…今は別行動になっちゃってますけど…」

何となくすぐに答えた方が良いような気がして、ヒビキは即答した。
ひとまずレッドのポケモンならば害はないだろう…という気持ちに微塵もさせないその威圧感。
まさに伝説に名を連ねるのに相応しい威厳を感じさせるその風貌だが、ヒビキには他にも言葉に出来ないような何かをミュウツーから感じていた。
確かに怖いのだけれど、目を離せないというか、引き込まれるというか、とにかくそんな自分でも理解しがたい気持ち。
レッドもミュウツーを前にしたらこんな気持ちになっていたのだろうか。
しかしミュウツーのほうはヒビキたちにはもう興味を無くしてしまったらしく、しばらくすると目を閉じてしまった。

「おい、ヒビキ、コトネ……って、何だ!?ミュウツー!?」

そしてまた一人ミュウツーの前に人間が増える。
どうやら全てのポケモンを回収し終えたらしいグリーンが、先ほどの二人と同様驚愕の表情を浮かべる。
しかし二人と違ったのは、すぐさま腰のボールに手を回して臨戦態勢を取ったことだった。

「おまえらの手持ち…って雰囲気じゃなさそうだな…」

グリーンがミュウツーを睨み付ければ、ミュウツーは僅かに閉じていた目を開いてグリーンのほうを見た。
ミュウツーとグリーンの間にピリリと緊張が走る。
しかし、ミュウツーにはグリーンと戦う気などさらさらなかったらしい。
先ほどのヒビキたちへの対応と同様、またすぐに目を閉じてしまった。

"じっとしていろ、人間。レッドの場所が上手く掴めん"

「レッド…?って、そういえば、レッドここにいねぇのか!?」

グリーンが今度は焦ったように部屋を見渡す。
確かに目の届く範囲にレッドの姿は捉えられなかった。
ならば何処に?
ヒビキとコトネに視線を向ければ、二人は慌てて目をそらしてしまう。
嫌な予感が胸をよぎった時、ミュウツーが突然目を開いた。

「見つけた…」
「ピッカ!ピィカピカピッカァ!!ピカチュ、ピカピカァ!!」

瞬間、ピカチュウも堰が切れたようにミュウツーに向かって何事かを叫び出した。
それを黙って聞いていたミュウツーは、小さく笑みを浮かべると両手を大きく広げた。

"相変わらずおまえはいろいろと楽しいことに首を突っ込んでいるようだな、レッド…!"

蔑むような、しかしどこか楽しそうなミュウツーの声が全員の頭に響く。
そしてミュウツーの周りの景色がぶれたかと思うと、次の瞬間、信じられないことが起こった。

「え…ちょっと…まっ…」

周りの全てのモンスターボールからあふれ出る光。
暗い部屋の中は、一瞬眩しいほどの光に包まれた。
そして次に訪れる、おびただしい数の鳴き声、そして、本体の召還。

「ぎゃ、ぎゃあぁあああぁぁああっっっ!!!!」
「うそぉおおぉ!!??」

今まで部屋が広く感じられたのは、ポケモンが全てボールに収まっていたから。
そのポケモンが全て放出された今、部屋の中は棚が崩れ、ポケモン同士が重なり合い、完全におしくらまんじゅう状態だった。

「ちょお!潰れる!潰れるから!!」

"おまえたちも久々の外なのだろう?少し景気づけといこうじゃないか"

いったい誰に話してるんだと思ったのもつかの間、その言葉に応えるように3匹のポケモンが天井の方へと飛び上がった。
伝説のポケモン、サンダー、ファイヤー、フリーザー。
上を見上げて唖然とする3人の前で、3匹はその羽を大きく羽ばたかせた。
瞬間、その口から電撃と炎と氷の渦が天井に向かって放たれ、それは天井を突き破って更に空へと上っていった。
耳をつんざくような轟音と共に、瓦礫の屑や火の粉、氷の結晶などがパラパラと上から降ってくる。

「ひゃぁぁあああ!!」
「すごぉぉおぉーーー!!!」
「感心してる場合かよ!?このままここにいたら死ぬぞ!?」

数秒前まで天井だったものを見て感激している二人に、グリーンの叱咤が飛ぶ。
二人もやっと事態の深刻さに気づいたらしく、慌てて自分のボールを漁りだした。
…が。

"ついでだ。おまえたちも飛ばしてやる"

「え?」「は?」「へ?」

再び頭の中に響いた声に、その動きも停止させられてしまった。















「…え」

レッドは突然意識を失った目の前の男に目を白黒させた。
よすぎて失神したにしては、糸がぷつんと切れたようなおかしな倒れ方。
不審に思って男の身体を小さく揺さぶってみるが、白目を剥いたままピクリとも動かない。
ベッドの上で首を傾げるレッドだったが、次の瞬間頭に響いてきた声にハッと我に返った。

"随分楽しそうじゃないか、レッド"

「ミュウツー!?」

聞き間違えるはずが無い。
そしてその懐かしい声を聞いた途端、目の前の男の失神はミュウツーの仕業なのだろうとすぐに納得した。
しかし全く状況が把握出来ない。

「何で!?今どこ!?」

"話している時間はないな。すぐに外に飛ばすぞ"

ちょっと待って、と言おうとした瞬間、何かが爆発したような轟音が耳に届いてレッドは思わず部屋の外を見た。
建物がびりびり震えている。
そして、聞こえてくる大量の何かの鳴き声。

「い、いったい何が起こって…」

説明を求めようにも、求める相手がいない。
いや、いるにはいるが説明などしてくれないことが分かりきっている。
レッドは小さく舌打ちすると、この騒ぎでも目を覚ます様子の無い男のズボンを、下着ごと一気にずり上げた。
途端、レッドの視界が真っ白に染まる。
次いで身体がどこかに投げ出されるような浮遊感と、地に投げ出される僅かな衝撃。

「…っ!」

思わず瞑ってしまっていた目をそろりと開ければ、そこは建物から少し離れた草むらの中だった。

「ミュウツーのやつ…!飛ばすなら一言言ってからにしろ…!」

しかし、ミュウツーへの文句もままならないまま、自分の格好に気づいたレッドは慌てて草むらから身体を起こした。
口端を袖で拭ってから、乱れていた服を直し……終わる前に、レッドの目の前に更に別の塊が降ってきた。
それがグリーンたちだと気づいて、レッドは驚愕と安堵で再び草むらの中へとへたり込んでしまう。
何はともあれ、皆無事に建物から出てこれたということになる。
純粋に、その事実にほっとした。

「何!?何が起こったの!?」
「わ、分かんないよ!!って、レッドさん!?」

草むらの上で、降ってきた体勢のままわたわたしているコトネとヒビキが、不意にこちらに気づいて顔を輝かせた。
そのまま這いつくばるようにしてこちらまで寄ってくると、二人は鞄の中身をがさがさ漁ってレッドの前に5つのボールを差し出した。
更にその二人の上を飛び越えて、ピカチュウがレッドの胸の中へと飛び込んでくる。
レッドは何とかピカチュウを抱き留めると、渡されたボールとヒビキたちを交互に見た。

「レッドさんの、仲間です。ちゃんとピカチュウが見つけてくれましたよ?」
「ピカチュウ…」

ピカチュウの方を見れば、得意げに耳と尻尾をぴこぴこ揺らしている。
これはレッドに褒めて欲しいときの仕草。
レッドはピカチュウをギュッと抱きしめると、その小さな身体を何度も何度も撫でてやる。

「よく頑張ったねピカチュウ…えらいよ」

よしよしとそのふわふわの毛並みを混ぜれば、ピカチュウは嬉しそうに身じろぎする。
そのまま顔の前まで抱き上げれば、レッドの頬へすりすりと頬ずりしてきた。

「ヒビキとコトネも…ありがとう」

ピカチュウを抱いたままふわりと微笑んだレッドに、ヒビキとコトネはビクリと身体を震わせた。
その顔がみるみる赤く染まっていく。

「ちょ、ちょちょちょヒビキくん!見た!?レッドさんの笑顔…!」
「分かってる!分かってるってば…!」

なんとかひそひそ話してはいるが動揺しまくりな二人には気づかないまま、レッドは目の前の5つのボールを拾い上げた。
中から5つの視線がこちらを見ている。
レッドは一つ一つのボールに優しく口付けると、くしゃりと顔を歪めてボールを抱きしめた。
5つのボールが胸の中でカタカタ小さく震えているのが分かる。

「おかえり…」

口に出した途端、一気に嗚咽がせり上がってきてレッドは片手で口を押さえた。
…が、目から溢れる涙は止めることが出来なかった。
ボロボロと溢れて止まらない涙が、草むらへと音もなく染み込んでいく。
情けない泣き顔をポケモンたちに見られたくなくて、レッドは皆に背を向けると、震える手で腰のベルトへと今帰ってきたポケモンを装着した。
ピカチュウだけは肩に乗ったままだったが、止まってくれない涙を必死で舐めてくれていたのでボールにはしまわずに、小さく「ありがとう」とだけ伝えた。

「レッド…いろいろと思うところがあると思うけど、いったんここから離れるぞ」
「グリーン…」

上からかけられた声に声の主を仰ぎ見れば、怖い顔をしたグリーンがこちらを見ていた。
そうだ。
役所から出たとは言え、ここから建物はまだ目と鼻の先。
ここで捕まってしまっては元も子もないのである。
レッドは頷くと、袖で乱暴に涙を拭い、少しふらつきながらも草むらから立ち上がった。

「うん…分かってる…」
「俺のピジョット使うから、リザードンは出さなくていいぞ」
「え…」

既に腰のボールに手を伸ばしていたレッドは、グリーンからの申し出に顔をきょとんとさせた。
その行き場の無くなったレッドの腕を些か乱暴に掴むと、グリーンはそのままレッドを自分のほうへと抱き寄せる。
目を白黒させるレッドには構わず、グリーンは先ほど取り戻したばかりの相棒を召還した。

「ピジョット、とりあえず街外れまで」
「ピジョッ!」

半分レッドを横抱きにするような体勢で、グリーンはその巨大鳥の背中に飛び乗った。
草むらで未だにもだもだしていたヒビキとコトネも慌ててヒビキが召還したカイリューへまたがる。
そして2匹のポケモンは、その翼を羽ばたかせて夜の空へと飛び上がった。

「っていうか、この状況、すごすぎるよね…」

風圧で飛ばされそうな帽子を押さえながら、コトネが周りを見渡す。
そう、こうやって保護指定ポケモンで堂々と空を飛べるのは、周りから視認出来ないくらい空がポケモンで溢れているからである。
例の伝説3匹が天井を突き破ったおかげで、飛べるポケモンたちは部屋からぞろぞろと飛び立っていく。
また飛べないポケモンたちも、壊れた箇所、ドアから次々と逃げ出し始めていた。
いったい何千匹いるか分からないポケモンたちは、思い思いの場所に動いていく。
主人の所に帰るのかもしれないし、そのまま野生へと戻るのかもしれない。
少なくとも、ここに止まろうとするポケモンはいないようだった。

「グリーン、待って!ちょっと!」

そして半分後ろから抱きかかえられるような体勢のレッドが何事かを叫んでいた。

「ミュウツーを置いてくわけには…!!」

"呼んだか?"

「「「「!?」」」」

全員の頭に響いたのは、先ほども聞いたミュウツーの声だった。
ハッとしたレッドがすぐ横を見れば、そこにはピジョットと平行飛行するミュウツーの姿が。

「ミュウツー!!」

"まったく…何だその酷い顔は…"

酷い顔とは、散々泣いてぐしょぐしょのレッドの顔のことだろう。
ミュウツーはいまいち感情が読めない表情で小さく頭を振ると、レッドのほうへちらりと視線をやった。

"私はしばらく自由にならせてもらおう。ずっとボールの中で退屈だったからな"

「自由って…」

"私のことが恋しくて仕方ないというのならば、まだ捕まえに来ればいい。易々と捕まるつもりはないがな"

私はおまえと初めて出会った場所にいる。
そう、どこか楽しそうに言ったのを最後に、ミュウツーはその場から一瞬にして姿を消してしまった。
唖然とするレッドの前に、さらに追い打ちをかけるようにサンダー、ファイヤー、フリーザーが集まってくる。
レッドは少しの間思案するように視線を落としていたが、すぐに顔を上げると、3匹の伝説に向かって声を張り上げた。

「みんな、野生に帰りな!僕が持ってても今は一緒にいてあげられないし…危険だ…!……君たちは強いから捕まるかもなんて心配はしない!全部終わったら、また君たちに勝負を挑むから!そのときはまた相手になってよ!!」

伝説3体は戸惑ったようにピジョットの周りを旋回していたが、レッドがニッコリと笑って頷いたのを見ると、主人の言葉通りに、それぞれがちりぢりになって空の彼方へ飛び立っていった。
レッドに別れを告げるように、それぞれが火の粉、氷の粒、電気を振りまきながら。

「………あの3匹もレッドさんのポケモンだったんだ」
「すごい……けど、納得…」

一連のやり取りを後ろから見守っていたヒビキとコトネが、半分放心したようにため息をついた。
レッドは、3匹が消えた方をいつまでも見つめていた。
















「いいかおまえら。昨晩はおまえらは家にいた。何も知らない。何も見ていない」
「「はい。家にいました。何も知りません。何にも見てません」」
「よし。ポケモンは意地でも隠し通せよ。万が一見つかっちまったときは、何故か自分のところに帰ってきていた、で通せ。実際に逃げ出して本当に主人の所に帰ったやつもいるだろうからな」
「「はい、了解です」」
「よし、じゃあ解散!」
「「はい!さようなら!……………って、何でですか!!」」

ツッコミまで見事にぴったりなヒビキとコトネを見て、グリーンは感心したように目を丸くした。
ここは街灯も少ない、今の時間帯は全く人気の無い街外れ。
久々のポケモンでの飛行を終えた一行は、再び草の影へと集合していた。

「すげぇな、おまえら」
「ありがとうございます…って、そうじゃなくて!解散って!?」
「何でもくそも、もう夜中だ。夜のうちに家に帰らないとおまえら朝まずいだろ」
「そうですけど…!」
「まぁ、今日はひとまず帰ってポケモンとの再会を喜んどけ」

何を言っても無駄そうなグリーンに、二人はとうとう諦めたように肩を竦めた。

「帰りますよ…大人しく帰ればいいんでしょ」
「あぁ、分かればいいんだ。多分明日すごいニュースになってると思うけど、おまえら、絶対余計なことしゃべんじゃねぇぞ」
「それはこっちの台詞です!グリーンさんこそ気をつけてください!」

べーっと舌を出すと、コトネは家の方向へ向かってずんずん歩いて行く。
ヒビキもぺこりとグリーンとレッドに頭を下げると、コトネの後を追って小走りに駆けていった。
それを苦い顔で見送ったグリーンが、不意にレッドのほうに視線を向ける。

「さて、と。レッド……おまえ何やってた?」
「な、何って…?」

いきなり表情が抜け落ちたグリーンに、レッドはわけが分からずに首を傾げた。

「ピカチュウとヒビキに先に行かせて、おまえはどこで何をやってたんだって聞いてるんだ」
「えっと、それは………途中で警備員に見つかりそうになっちゃって…それで…」

あのときはあれが最善の方法だと思っていたが、こうして冷たい表情のグリーンを前にしていると、自分がとんでもなく悪いことをしていたような気持ちになってくる。
かと言ってうまい嘘がレッドにすぐ思いつくはずもなく、下を向いてしどろもどろしているうちに、グリーンはレッドの真正面まで近づいてきていた。

「言えないようなこと、してたのか?」
「…っ!」

耳元で喋られ、同時に急に腰に腕を回されてレッドは小さく身体を震わせた。
いつもとは別の意味で心臓が五月蠅い。
背中に伝うのは冷や汗だった。

「し、してな……ふむっ!?」

強引に頭を引き寄せられ、そのまま口付けられる。
驚いたレッドはなんとか離れようとグリーンの胸をどんどん叩くが、グリーンはものともせずに更に後頭部を完全に固定してレッドが逃げられないようにする。
実際はそこまで長くなかったのかもしれないが、レッドにとっては気が遠くなるほどの時間。
後頭部を固定する手が緩められると同時に、レッドはグリーンから逃げるようにすぐに顔を反らせた。
呼吸が整わないまま口を拭い、涙で濡れた目でグリーンを睨むが、グリーンはぺろりと自らの舌で口端を舐めただけだった。

「何もしてないのに、何でレッドの口の中は苦いのかな」
「っ!!」

当然だ。口を濯ぐ暇なんてなかった。
何も言い返せずに唇を噛むしかないレッドに、グリーンは更に詰め寄る。

「どこまでやった?」
「…っ、ほんとに、グリーンが心配するようなことはしてな……ひゃぁ!?」

腰に回っていない方の手で内腿を探られ、レッドは思わず身をよじる。
その手は確認するように腹を探り、更に上まで上ってくるとやっと納得したのか服の中から出ていった。
全く汚れていないレッドの身体にグリーンの表情は僅かに緩んだが、それでもまだレッドを拘束する腕はそのまま。

「グリーン…ごめん…ほんとに、ごめ」
「謝ってほしいんじゃねぇよ…」

そろりとグリーンを仰ぎ見れば、グリーンは苦しそうな顔でレッドを見ていた。
その表情に、レッドは胸がぎゅっと押しつぶされるような感覚に襲われる。
この人に、こんな顔をさせてしまった…
大好きなのに、すごく嫌な思いをさせてしまった…

「…っ、好きなのは、グリーン…だけだよっ」

震える声で、何とか言葉を紡いでグリーンに身体を預ける。
いつものことだと、割り切って男の相手になってしまった自分が酷く憎い。
反対で考えてみろ。
グリーンが、ほかの女の子に慰めてもらったら…
自分は「そっか」と割り切れるのか?
口だけならばいいと、許せるのか?

「許さねぇよ、レッド。おまえは、自分を軽く見すぎだ。今までそうやってきたのかもしれないけど、今はもう、俺がいればそんな必要はないんだろ?そうおまえが言ってくれたんじゃねぇか。…もう、おまえは売り物でも何でもないんだ……頼むから、自分をそんな簡単に差し出すな」

今のおまえの身体は、全部俺のだ。
そう囁かれ、痛いほどに強く抱きしめられる。
酷い独占欲だと感じながらも、そこまで想ってもらえていることが嬉しくて、また目頭が熱くなる。
レッドもグリーンの言葉に、伝わる熱に応えたくて、そろりとグリーンの背に腕を回す。
伝わって欲しい。
…いや、伝えたい。

「ん……約束する。グリーンがそう思ってくれるなら、僕はグリーンのだよ」

だからもう、そんな怖い顔しないで?
いつもみたいに、笑って?

「…ばーか。おまえのせいだっつーの」

グリーンは困ったように笑う。
それでも、苦笑でも笑ってくれたことが嬉しくて、レッドの表情も思わず緩んでしまう。

「他の男の臭いさせやがって。むかつくっつーの…」
「じゃあグリーンので消してよ」
「…え」
「こんなんで許してもらえるとは思ってないけど…今日は僕頑張っちゃうよ」

ね?と上目遣いで微笑まれれば、これはもう、完全にレッドの支配下である。
グリーンの顔がじわじわと赤くなっていく。
可愛いなぁと思うが、口に出したらきっと拗ねてしまうのでそれは心の中に留めておく。

「それじゃ、行こうかグリーン」

腰のボールがカタカタ揺れる。
一番揺れているのは端のピカチュウのボール。
先ほど無理矢理ボールに戻してしまったし、なんだかピカチュウはグリーンのことがあまり好きではないようだから、少し申し訳ない気持ちになる。
でも今日はグリーンのために我慢してもらおう。

"明日、一緒に寝ようね"

優しく腰のボールを撫でていけば、順にボールは大人しくなっていく。
ただし、ピカチュウのボールを除いて。
レッドは苦笑すると、ピカチュウのボールを取り外して、そのボールに優しく口づけを落とす。

"約束、だよ"

ボールの中のピカチュウと目線を合わせれば、やっとピカチュウは静かになった。

「…何やってるんだレッド」
「ん、ちょっとね。明日の夜のお供の先約を…」
「は!?」
「今日はグリーンだよ?」
「いや、そういう問題じゃ…」
「それにグリーン二日連続で徹夜でしょ?明日はちゃんと寝なよ」
「いや…だから…」
「そもそも今からで大丈夫?すぐに気ぃ失わないでよ?」
「ばっ、バカにすんな!」

耳に聞こえるのは、二人の足音と話し声だけ。
夜の草むらはとても静かだ。
ポケモンも、草木も眠る時間帯。

言葉で、身体で語り合う時間は、まだまだある。









ちなみに最中でレッドにオトされたグリーンが、朝起きれずに学校に遅刻したのはまた別の話である。

















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