「マジ…信じらんねぇ…」
銀時は自分の上に力なく倒れ込んできた土方の体を、狭い座席下に落とした。
局部を丸出しにしてひっくり返っている様は、酷く滑稽でざまあみろと思う。
銀時は睡眠薬の混じった唾を土方の服に吐くと、よろよろと体を起こした。
どうせ服はべたべたになっているのだから、今更唾液で汚れようと支障ない。
「正気じゃねぇだろ…」
銀時は盛大に顔を顰めて、座席下に挟まったままぴくりともしない土方を見た。
土方がキスを仕掛けてきたおかげで助かった。
…というか、自分よりも巧くなくて助かったと言うべきか。
銀時の右奥歯には睡眠薬が仕込んであり、きつく噛めば袋が破れて薬が口内に広がる。
そうとは知らずに銀時の唾液ごとそれを飲み込んだ土方は見事に夢の中だ。
「おい、運転手さん、出して」
銀時は足下でかろうじて引っかかっていた下着とズボンをずり上げながら、こちらを傍観というか、呆然として見ているタクシーの運転手に言った。
可哀想に、目の前で繰り広げられた若い美男美女の行為に、完全に前屈みになってしまっている。
「わ、私は……、えっと、その方が警察の方で、あなたは警察に追われてる方で…」
「あのね、俺も警察職員なんだけど。あとどう見ても強姦されてたでしょ。完全に向こうが犯罪犯してるでしょ」
銀時はポケットに入れっぱなしの札入れを取り出して、健康保険証を見せる。
表面にキラキラ光るホログラムが、それが偽物でないことを示している。
運転手は更に混乱したようで、先ほど土方が手渡した警察手帳と銀時が提示する健康保険証とを交互に見ている。
「いいから早くだせ!警察がおかしいんだ。あんただっておかしいと思っただろ!?それでも動かねぇっつーんなら、俺が運転するから今すぐそこどけ!!」
銀時の勢いに押された運転手は、慌てて車を発車させる。
ちらちらと背後の銀時を窺いながら、運転手はどこに向かえばいいのか尋ねる。
銀時はリアガラスから背後を確認しながら行き先を考える。
幸いにも、こんな警視庁の真ん前で足止めを食らっていたとは向こうも考えなかったらしく、捜索部隊はとっくに周りにはいない。
タクシーのドアガラスが黒かったことが不幸中の幸いだった。
まぁ銀時もそのせいで中に人がいるのが分からなかったのでやはり不幸だったのかもしれないが。
銀時は運転手からの問いは保留にして、ポケットから取り出した携帯電話の録音機能をやっとオフにした。
そのままその音声ファイルをオンラインストレージにアップロードする。
「やべぇな…すげぇ着信…」
そして着信履歴が主に高杉で埋まっているのを見て苦笑した。
そのままタップして高杉の携帯電話にコールをかける。
『おい、今どこだ銀時!?』
「悪ぃ、俺こそどこ行けばいい?今タクシー」
ワンコールも終わらないうちに高杉の怒声がスピーカーから聞こえて、銀時は思わず携帯電話を耳から離した。
「お、俺はまだ警視庁出たとこらへん…」
『何でまだそんな場所にいンだよ!?』
「い、色々あって…」
『とにかく逃げるぞ!坂本の家の側の公園まで来い!』
「わ、分かった…」
銀時はそわそわしたままの運転手に、やっと行き先を告げた。
幸いにも、向かっている方角は合っている。
十分とかからずに、タクシーは目的地へと無事に着いた。
銀時は、車から降りるとき、土方のジャケットの内ポケットから取り出した財布から三万円を抜き取って助手席へと乱暴に置いた。
「釣りはいらねぇから。余った金で、キレイなねーちゃんにでも抜いてもらってよ」
銀時は未だに後部座席下に挟まったままの土方を一瞥すると、すぐにタクシーを後にした。
最後にお願いしたとおり、タクシーは空車のランプを消し、土方を乗せたまま土方が起きるまでドライブを続けてくれるだろう。
人通りは少ないが、出来るだけ人目に止まるわけにはいかないと、銀時はすぐに街灯のほとんどない、人っ子一人いない薄暗い公園へと足を踏み入れた。
長らく手入れがされていない雑木や茂みに囲まれたこの公園は、確かにこっそり隠れるにはもってこいの場所である。
さて、どこで待とうと雑木の側に立ち止まったところで、急に横から強い力で手を引かれた。
驚いて振り返れば、その雑木の側にいたらしい不機嫌そうな高杉がそこにいた。
ただし、再びオールバックに眼鏡付きという変装態勢だったため一瞬高杉と分からずギクリとしてしまったのは内緒である。
「た、高杉…」
「…車はもう反対側に止めてある。話はそれからだ」
「おう…」
銀時は堅い顔を崩さない高杉に引かれるがままに、路駐してあるMINIクーパーSへと乗り込んだ。
中には、銀時の予想通り、運転席には坂本、隣の助手席には桂がいる。
「クーパーSとか辰馬、随分趣味が良くなったんじゃねぇの?」
「あっはっは!アゲーラOne:1は前の任務で大破したからのぉ!あれは泣いたぜよ!今回は壊れてもいい車じゃ!」
「ボンボンめ…」
「実費じゃぁ」
銀時は顔を顰めると、高杉に押し込められるがままに後部座席に乗り込んだ。
羨ましい限りだが、バレないように株で儲けまくっている坂本は、とても羽振りが良い。
しかし、まだ一般に売り出せる前に金を積んで、やっとの思いで入手したケーニグセグのアゲーラ One:1の大破はさすがに堪えたらしく、以降任務には壊れてもいい車を使っているらしい。
それでも壊れていい車がBMWのMINI クーパーSなど、銀時からしたらとんだキチガイである。
銀時の恨みがましい視線などどこ吹く風で笑う坂本に溜息を一つつくと、高杉も銀時と同じく後部座席に乗り込む。
ドアを閉めた瞬間、エンジンを二,三回五月蠅くふかした車が急発進した。
「おい辰馬、クラッチ焼けるぞ…」
「しょうがないぜよ。おそらく追っ手がきちゅう」
「…マジで?」
車は細い路地を左右に折れながら走行する。
銀時は慌てて全身を探った。
警視庁を出る際に、追跡車両はいなかったはずである。
考えられるのは、銀時自身の体に発信器の類いが付いていることだが…
「早く脱げ、銀時ィ」
「へ?」
銀時が反応するより先に、横から伸びてきた腕が銀時のジャケットを脱がせ、シャツを奪い取る。
あまりの早業に、上半身裸に剥かれた銀時は目をぱちくりさせることしか出来なかった。
バンザイの姿勢のまま呆然とする銀時の目前に、ジャケットの襟裏が突きつけられる。
「付けられてんじゃねェよ、あほ」
「マジか…」
銀時は襟裏にひっそりとくっつく、小指の爪サイズの黒い機会をまじまじと見た。
いつの間に付けられたのだろうか。
考えられるとすれば、土方にか、刑事部の連中にかである。
もし土方だとしたら、これを付けるカモフラージュだけのために、自分はあんな目に遭ったのだろうか。
難しい顔で考え込む銀時の前で、更に表情を硬くした高杉が苛立たしげに口火を切った。
「銀時ィ、おめェ、刑事部と警備部の連中には今後一切近づくなよ」
「…何で?」
高杉は窓を開けると、銀時のジャケットとシャツを窓から放った。
風に煽られてすぐにそれらは見えなくなる。
「信じがたいことだが、刑事部と警備部全課に、坂田銀時を保護しろとの指令が出てる。緊急会議だとかで急に警備部全員集められた時は何事かと思ったが、聞いてみりゃそんな狂った内容だ」
「…ど、どんな指令だったんだ?具体的に」
「坂田銀時は、アルビノであることを理由に天人の危険な一組織に狙われている。今すぐに警視庁で保護したい。本人にその内容を伝えれば、周囲を巻き込まないよう一人で逃げようとするかもしれないから、詳細は一切知らせるな。見つけ次第、まずは発信器を体のどこかに付けろ。もし見つけても抵抗されて逃げられるかもしれない。天人に攫われる可能性も否めない。そんな場合にも、すぐに位置が特定できるようにこっそり付けろ。…そんなふざけた説明のあとに、全員に発信器が配られた」
「全員!?」
「刑事部の連中も多分似たような内容の説明をされてるはずだ。おまえからの刑事部に行くってメール見てどうしようかと思ったぜ」
「な、何がどうなってんだ?何でいきなりこんなことになってんの俺!?」
「まだ確証はねェが…まァ、保護してェなんてのは上っ面だな。こりゃ、警察上部が真っ黒かもしれねェぞ。大当たりだ」
「天人と繋がってる奴がいるってこと?」
「…もしくは、おまえに個人的に執着している人間がいるか…だな。いきなり今捜査中の事件全部ほっぽって刑事部警備部全部動かそうってンだ。並大抵のモンじゃねェぞ」
「天人とその加担者粛正目的のはずが、逆にとんでもねぇもん引いちまった感じか」
思わず下唇を噛んだ銀時だったが、ズボンを引く高杉の手に気づき、すぐにズリ下ろされないようにベルト穴部分を掴んだ。
「おい、離せ銀時」
「おまえこそ離せ。ズボンまで下ろす気?」
「ったりめェだ。とにかく発信器仕掛けられてるかもしれねェモンは全部捨ててく。どうせ全身着替えるんだ。問題ねェだろ」
「ありますぅ!自分で脱ぐから!!」
「ちんたらしてる暇はねェんだよ」
銀時の抵抗も虚しく、ベルト無しでずるずるのズボンは、下着と一緒に足首にまで一気に下げられた。
「……おい、銀時誰にやられた」
「…っ!」
銀時の顔が羞恥に真っ赤に染まる。
そう、下着を替える暇も、体を綺麗にする時間も、無かった。
情事の跡を色濃く残すそこを見て、高杉の表情が更に険しくなる。
「例のタクシーで、け、刑事部の奴に…何とか眠らせて逃げてきたけど」
「刑事のくせに強姦かよ…」
もし犯人は土方だなどと言ったら、土方は今晩にでもバラバラに切り刻まれて、ミンチにされて海にばらまかれるのだろう。
………高杉の手によって。
憎い相手とはいえ、顔見知りなだけにそれは寝覚めが悪い。
それに、土方は、「これもおまえのためだ」と言っていた。
綺麗に騙されているとはいえ、悪意からの行為ではなかったはずだ。
「…こりゃ深刻だな」
高杉は険しい表情のまま、奪い取った銀時のズボンと下着も窓から放り投げる。
あれを誰かが拾うことを想像すると、正直気分が悪いというか、その人に申し訳ない。
可能性は零に近いが、誰にも拾われずに風化することを祈るばかりである。
しかし、服は全部捨てたというのに、高杉の表情は未だに晴れない。
「ど、どうした高杉。まだ何か問題…?」
もう既に銀時は一糸纏わぬ姿である。
こんな姿を誰かに見られたら死ぬしかない。
いや、もう同乗している三人には見られているのだが。
「…とりあえずこれ被っとけ」
高杉は、高杉側の座席下に置いてあった紙袋からウィッグ用のネットを取り出すと、手早く銀時の頭に被せてピンで留めた。
その上から、淡い茶色のウィッグを被せ、綺麗にセットする。
あとは手ぐしで簡単に整えれば、クラシカルボブのゆるふわお姉さんのできあがりである。
「あ、あの…やってくれるのは有り難いんだけど、まずは下着と服が欲しいというか…」
銀時の控えめなお願いは聞き入れてもらえず、今度は使い捨てのカラコンを取り出した高杉に、問答無用で目を開かされ、両目にコンタクトを入れられる。
勿論その空ケースも窓から捨てられた。
しょうが無いとはいえ、窓から道路にぽんぽんゴミが捨てられていくのに罪悪感がわき上がる。
しかし、ようやく次は服かと思いきや、銀時の体の下に敷かれたのは、柔らかいブランケットだった。
「へ?どういうこと…?」
服が出てくる様子がないことに焦りを感じた銀時が高杉を見るも、高杉はあろう事か銀時をそのままそのブランケットの上に押し倒した。
驚いて高杉を見るも、高杉の目は本気だ。
「ちょ…冗談でしょ晋ちゃん、こんな時にこんな場所で。ヅラ、辰馬、止めてくれよ…!」
「ヅラじゃない、ヅラ子だ。辛抱してくれ、銀時。おまえにまだ発信器が付いているらしい」
「はぁ!?」
前回とは違い、今回は何故か女装姿の桂が、表情を変えないまま銀時に返す。
恐ろしいスピードで走っていた車が急に速度を緩めると、速度が落ちきらないまま左折した。
ドリフトした勢いで転がりかけた銀時を、高杉の腕がしっかりと支える。
「都心から出る全道路に、緊急で検問命令が出されている。俺も交通部に呼び出された」
「マジで…?」
思わず高杉の腕に縋り付いていた銀時が、呆然と呟いた。
左折する直前に、前方にちらりと見えた赤いランプたちは、検問だったらしい。
刑事部、警備部だけでなく、交通部に所属する桂にも連絡が来たのである。
しかも、とっくに定時を過ぎているというのにだ。
「どうやら、逃げられる前に、どうしてもおまえを捕まえちまいてェらしいなァ」
「っていうか、発信器どこ!?俺もうすっぽんぽんなんだけど!?あり得ないだろ!?」
「俺も実際に貰ったから分かるんだけどな、あの発信器、肌にもくっつくんだ。見た感じ、体の外側には付いてねぇ…だとすると、あと付けられる箇所は、耳の奥か、口の中か、それか…」
「ま…まさか……」
銀時は血の気が引いていく気がした。
強姦にしか思えなかった土方の行為が、そのためなのだとしたら…
吐息がかかりそうな程に近づいた高杉の目が、稀に見る激しい怒りを孕んでいる。
「刑事部だけとは言わねェ。こうなったら警視庁全部焼き討ちだ」
「やっ、待って、高杉…じ、自分で、自分で探すからっ、あっ、ああああっ!!!」
***
「すみませーん、止まってくださーい」
赤色誘導灯が、車の前に出て大きく降られる。
そのまま誘導灯を持つ人を轢くわけにもいかず、車はゆっくりと停車した。
「どうしたんですか?なんだかあちこちで検問してるみたいですけど…凶悪殺人犯でも逃げ出したんですか?」
助手席の窓から顔を出した、真っ直ぐな黒髪を横で緩くまとめた所謂日本美人が、心配そうに問う。
「いえ、人を探しています。念のため、車内を確認させてもらってもいいですか?トランクも開けてください」
「じゃあまずトランク開けますね。あなた、開けて」
運転席の男に女性が言えば、すぐにトランクが開く。
簡単に確認した検問員が、トランクを閉め、次にと後部座席も開けようとするので、女性は慌てて止めた。
「あのっ、見ない方が…」
「え…?」
止めたが、遅かった。
「ふあぁあぁあっ、もっ、だめぇ…!」
「…っ、我慢しろ」
バタン。
検問員はすぐに後部座席のドアを閉めた。
見ていない。自分は何も見ていない。ゆるふわ系のめちゃくちゃ可愛い裸の女の子が、男に大きく足を拡げられているところなど、見ていない。
「ごめんなさいね、変なもの見せてしまって。お仕事ご苦労様」
助手席の女性がぺこりと頭を下げると同時に、車が発進する。
後には、気持ち内股気味になった可哀想な検問員だけが残された。
***
「…っおい、たかすぎぃっ!今見られた!見られたぁ!」
「いいカモフラージュになったじゃねェか。検問くぐったぜ」
「そういうことじゃなくてぇ!!」
大通り以外でも行われていた検問に引っかかってしまった一行だったが、何とか乗り切った…と言ってよいかは分からないが、通過は出来た。
後は早く発信器を捨てて逃げるだけである。
しかし、その発信器がなかなかとれない。
「たっ、たかすぎ…ね、まだぁ…?はやくぅ…っ!」
顔といわず全身を赤く染めて、ほろほろと涙を流す銀時が高杉に言う。
高杉は思わず顔を背けた。
直視してはいけない。
「もうちょっとだ。場所は分かった」
高杉は、指が届くぎりぎりの位置に付いていたそれを、なんとか剥がしてやっとの思いで取り出すと、ようやく銀時を解放した。
肩で大きく息をする銀時がブランケットの上にくたりと倒れ込む。
高杉自身も、額に浮かんだ汗を乱暴に袖で拭うと、ウェットティッシュで銀時の体を丁寧に拭う。
最後に自身の手と発信器も綺麗に拭くと、発信器の方だけを助手席に座る桂へと手渡した。
桂は小さく頷くと、小さなスーパーの駐車場に一時停車した車から降りて、スーパー内へと小走りに駆けていく。
そして一分もしないうちに戻ってくると、すぐに再び助手席へと乗り込んだ。
「女子トイレの個室内に付けてきた。内側から鍵もかけたし、まぁ、申し訳程度の時間かせぎにはなるだろう」
桂が話し終わる前に、車は発車し、更に都心外へと向かって走る。
しかし、五分もしないうちに、坂本が申し訳なさそうにゆっくりと手を上げた。
「す、すまんのう金時…ちょっと休憩してもええかの…」
「…俺もちょっとだけいいか」
「……俺もだ」
次々と上げられる手に、やっと呼吸が落ち着いてきた銀時は首を傾げる。
「いいけど…どうかしたのか?」
「おまえが散々喘ぐからだろ…」
気まずそうに視線をそらしながら言った高杉に、銀時は、ああと納得する。
「わ、悪いな…行ってこいよ。俺はその間に着替えとくし。その代わり、何かあったら自己判断でこの車運転して逃げるからな」
「それでいいぜよ」
坂本は頷くと、人通りの少なそうな竹林の裏へ車を駐車した。
三人はウェットティッシュを持って車から出ると、竹林に入り、そそくさと別方向へ駆けていく。
…気持ち前屈みで。
銀時も半分男だから彼らの気持ちはよく分かる。
こういう場合に、放っておけばそのうちなんとかなる女の体は良いと思う。
銀時は周囲に気を配りながら高杉たちが用意しておいてくれた服に着替えた。
しかし、大変なことになったものである。
銀時は、車の外に出て、クーパーSの全面に貼られたラッピングを豪快に剥がしながら小さく溜息をついた。
派手な黄色だったクーパーSは、あっという間にミッドナイトブラックのシックな外装に変わる。
色だけで、随分印象が変わるものである。
そこまで作業を終えてもまだ誰も帰ってこないので、銀時はトランクの底を開けて工具箱と付いているものとは別のナンバープレートを取り出し、前と後ろを丁寧に付け替える。
これで完全に先ほどとは違う車である。
銀時が出来に満足して車内に戻って休んでいると、数分と経たずに桂が戻ってきた。
次に坂本、そして最後に高杉が乗り込む。
ただし、今度は高杉が運転席に、坂本が後部座席にである。
「お願いやき、大事に運転しとおせ」
坂本が高杉に控えめにお願いするも、高杉は聞いているのかいないのか、エンジンを五月蠅くふかしている。
「ミッションかよ…まァ、銀時の運転よりゃァましだろうよ」
「何、その俺の運転が酷いみたいな言い方」
「まんまの意味だろうが。さっきの坂本の比じゃねェだろ」
「というか、おまえらの運転は荒すぎるのだ。もっと安全に気をつけてだな…」
「うっせーヅラ。おまえはプリウスでも乗ってろ」
「何!?おれはカローラアクシオ派だ!そしてヅラじゃないヅラ子だ!!」
言い合いする三人は気にせず、坂本は銀時のVAIO-Zを銀時の膝に乗せ、自らも愛用のLaVie-Sを開き、横にWiMAX2を転がした。
「金時、警視庁サーバーにお邪魔するぜよ。この異例事態の情報をちっくとでも掴まんと」
これからは移動しながらの作業になるため、前のように近場のルーターを経由することは出来ない。
足はつきやすいが、背に腹はかえられない。
幸い東京とその近郊は大体WiMAX2のエリア内である。
「いくぜよ金時」
「銀だっつーの」
二人は自作ハッキングソフトを立ち上げると、すぐさまハッキングを開始する。
三回目ともなれば、侵入もお手の物である。
前回使わせてもらったセキュリティーホールも塞がれておらず、警視庁のサーバー管理があまりにぞんざいだと言わざるを得ない。
「とりあえず、幹部連中のメール履歴とかか?」
「一応、フォルダデータもあさるぜよ」
銀時はメールの送受信フォルダを例の刑事部長から順に辿っていく。
五回にもわたるメールの相手は、副総監。
副総監は警視総監から、そして警視総監のメールを漁ってみれば、警視庁長官の名前まで挙がってくる。
内容は、高杉が警備部長から聞いたようなことから、銀時の個人情報、勤務時間表まで様々だったが、一つ言えるのは、どうやら数週間前から銀時と銀子の関係性が疑われていたということである。
退勤時間を調べれば、常に六時前には退勤しているのだから理由があると疑われても仕方が無い。
しかも、例の神楽のExcelを直していたせいで六時過ぎまで警視庁にいた日には、管制室に監視カメラの映像を確認させるような指示までしている。
果たして確認したのは、坂本が映像を差し替える前なのか、後なのか…
どちらにせよ、このような事態になることは、随分前から決まっていたようだ。
「…うはぁ。金時の隠し撮り写真から夜のハメ撮り写真まで、こじゃんと見つかっちゅう。ちなみに警視総監のパソコンじゃ」
坂本が複雑な顔で銀時に画面を示す。
銀時は横目で自らのあられもない写真を見ながら、苦い顔で坂本に言った。
「元の出所は警視庁長官だな。こいつが黒幕か、それとも警視庁のパソコン使わずに更に誰かとやりとりしてるか………とりあえずターゲットは決まったな。俺が体張って枕仕事してた甲斐があったってもんだ」
「まぁ、些か急すぎるが当初の目的には大分近づいたの」
「あぁ、向こうからこんな大々的に動いてくれれば、こっちもやりやすいってもんだぜ」
やられたらやりかえすのが礼儀だしな、と銀時は悪い顔で言うと、すぐに警視庁サーバーから抜けた。
銀時は、別のソフトを立ち上げながら、警視庁長官の顔を思い浮かべた。
長官とは1年ほど前に寝たことがある。
彼自身が坂田銀時を欲しがり、狙っているのならば、もう少し早く動きがあってもよかったはずだ。
そう考えると、長官が誰かにその話をし、それがまた誰かの耳に入って今回の騒ぎになったと考えた方がしっくりくる。
もし長官が違法人身売買をする天人と直接繋がりがあるのだとしたら、大当たりである。
「どうする、ヅラ。向こうを呼びだすか、こっちから出向いてやるか…」
「相手のホームならば、若干の油断も生まれるし、管制室を占拠してしまえばやりやすいだろうが、先ほどまでのおまえを見ているとそれはちょっと心配だな。知らぬ間にどっかの誰かに寝とられているし」
「うっ…」
「ただこの騒ぎの中で、長官が簡単に警視庁から出てくれるかだな。それぞれの指揮は各主要部長が行って、まとめ役は警視総監あたりがやっていたとしても、事実上のトップ2の一人がこれだけ警察が動く中で私用で出て行くのは…」
「…それじゃあ自宅で待ち伏せってのはどう?」
銀時は大量の音声ファイルを整理しながらぼそりと言った。
「長官の住所は入手済みだし。家族の不幸があったことにして、一旦自宅に戻らせて、その帰路で拉致とか…」
長官が天人と関わりがあるかどうかは、実際に証拠を掴むまでは分からない。
家族を人質にして脅したり、本人を痛めつけたりして吐かせるか、地道に尻尾を出すまで監視を続けるか…
「ほとぼりが冷めるまで、こちらが身を潜めるという選択肢は無いのか」
呆れたように言う桂には、隣で運転する高杉が返事をした。
「いや、逆にすぐにでも行動に出た方がいいな。今は丁度刑事部、警備部、交通部が警視庁からほぼ出払ってる。長官をおびき出すなら、周りが混乱してる今が一番いい。落ち着いたら長官の周りなんぞガードがガッチガチになっちまうぞ。それに向こうは、こっちが四人だって事をまだ知らねェ。追い詰めることに気が行きすぎて、自分が追い詰められることなんざ微塵も心配してねェだろうぜ」
「じゃあガンガン攻める感じだな。さすがに長官は今警視庁にいるだろうから…先回りだな」
銀時はニヤリと笑うと、高杉に長官宅の住所を告げる。
そこは長官が実際に住んでいる都内のマンションではなく、家族が住んでいる都市近郊の住所。
警視庁長官には、三人の娘が居る。
そのうちの三女は、上の二人とは年が離れた七歳。
七歳児の母親なら、銀時ならばなれないこともないだろう。
「ついに俺も人妻設定か…」
「何だ!人妻だと!?すごくそそるぞ銀時ぃいいぃいい!!!」
「おい、ちょっと黙っとけヅラ」
「ヅラじゃ無い桂だ!!あ、違った!ヅラ子だ!!」
「ンなもん、どっちだっていいだろうが!」
「いいわけが無いだろう!!!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ桂と高杉を見て小さく笑うと、銀時は目を閉じて大きく息を吸った。
細く、長く息を吐きながら、隣の坂本をちらりと見る。
一瞬だけ、互いの視線がぶつかった。
「やるぜ、辰馬。やるならとことん……だ」
「…あんまり体張らんでほしいぜよ」
「また落ち着いたら、いっぱい甘えさせてくれよ」
銀時は渋い顔をする坂本の頬に軽く口づけを落とすと、自らも再びパソコンの画面へと視線を落とした。
坂本には悪いが、体は張らせてもらう。
女の自分に出来ることは、せいぜい男をたぶらかすことくらいなのだから。
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