ありがとう。
見つけてくれて。
ありがとう。
愛してくれて。
ありがとう。
シアワセを願ってくれて―――――
17
「…それで、ぼくはこんな体勢でいったいどんな協力をすればいいの?」
レッドは後ろ手に縛られた両手をぷらぷらさせながら自分を見下ろす男を睨んだ。
「そんな目で見ないでくれ。何も乱暴しようというわけではないのだから」
いつかの悪夢のような日々を思い出させる、窓のない狭い部屋、ベッドの上、二人だけの空間。
少し前に監禁されていた時はまだ窓があった分だけマシだったのかもしれない。
前回と同じくテレポートで連れてこられたため場所は分からないが、おそらくグリーンたちにも、きっと今度は息子にも察知されにくい場所だろう。
両手が拘束されているせいで少々時間がかかったが、投げ出されたベッドの上から身体を起こす。
この男の前で、一秒でも長く無防備な姿を晒したくなかった。
緊張と嫌悪感で軽い目眩がするが、それに気づかれまいと気丈に男――――サカキを見る。
「いきなり悪かったとは思っているよ。ただ、準備が出来たのでね。居ても経ってもいられなくなって君を招待したわけだよ」
「何?パーティーでも開いてくれるの?」
"悪いだなんて露ほどにも思っていないくせに。"
目一杯の皮肉を込めて言ってみるが、相手はふんと機嫌よさげに鼻を鳴らしただけだった。
「パーティー…そうだな、華々しい宴を用意するのも悪くないかもしれない」
「だから、いったい何の…」
レッドが訝しげに問うも、サカキはくくっと小さく笑うだけ。
そしてサカキはおもむろに立ち上がると、部屋内にベッド以外で唯一ある小机の引き出しからハサミを取り出した。
その行動に困惑を隠しきれない様子のレッドのところまで戻ると、サカキはレッドの顔を緩慢な動作で覗き込む。
動作と裏腹なその鋭い眼光とぶつかったところで、腹にひやりとしたものが当たって、レッドはビクリと跳ね上がった。
「なっ、に」
下を確認するまでもなく、ジョキジョキと下からハサミで服を破かれていくのが分かる。
あまりのことに唖然とするレッドをベッドへと押し倒すと、サカキはそのまま首元までハサミを移動させた。
最後には、服は中心を境に二つに裂かれてしまい、前を覆う機能を無くしてしまう。
「下着も付けていないのか。はしたない」
お前に言われたくないと反論することも出来ずに、レッドは唇を噛み締めた。
前を隠そうにも両手は後ろで縛られてしまっている。
何をしようが何を言おうが、無駄なあがきだった。
「汗をかいているようだし、髪も少し砂っぽい。肌も汚れてしまっているね」
一つひとつ確認しながらサカキは、尚も笑みを浮かべている。
さすがに気味が悪くなって身を捩ったレッドに、サカキは機嫌良さげに指をパチンと鳴らした。
「まずは身だしなみを整えるといい」
何のために、と口に出す間もなく、ドアのノック音と共に女中らしき人たちが部屋に入ってくる。
手には、タオル、服、洗面用具などを持っており、それらの道具を抱えたままレッドの側まで来ると、彼女たちはニコリと微笑んでレッドに一礼をした。
「僭越ながら、レッドさまの身支度を任されております。多少の無礼はご容赦くださいませ」
「は…?」
そう言うが早いか、彼女たちは目を丸くするレッドにはお構いなしに、あろう事か、サカキのせいで真っ二つになったTシャツを完全に切り捨て、ズボンまで下着ごと一気に下ろした。
悲鳴を上げるまもなく一糸まとわぬ姿にされたレッドは、助けを求めるようにドアの方を見たが、無情にもサカキが出て行くと同時に入り口は閉ざされてしまう。
まさか何の武器も持たない女性を傷つけることが出来るはずもなく、レッドはされるがままに女性たちに抱え上げられることになってしまった。
***
「くっそ!くそっ!!」
「落ち着いてグリーンさん」
「落ち着いてられるか馬鹿野郎!!」
ダァン、と堅いコンクリートに拳が打ち付けられる音が屋上に虚しく響いた。
衝動のまま、もう一度腕を振りかぶったところで、その腕が隣から伸びてきた手によって捕まれる。
ギロリと睨めば、同じくらい怖い顔をしたコトネがグリーンを睨み付けていた。
「…離せよ」
「グリーンさんが落ち着いたら離します」
いつもよりも数トーン低い声は僅かに震え、グリーンに落ち着けと言いながら、コトネ自身も感情を抑えるのにいっぱいいっぱいなのが伝わってくる。
当然だ。目の前で、本当に目の前で為す術もなく連れ去られたのだ。
何も出来ずに見送ることしかできなかった自分が不甲斐なくて、悔しくてしょうがないに決まっている。
"くそ、格好悪ぃ…"
後輩に窘められて、諭されて。
悔しい気持ちは皆同じのはずなのに。
「……悪い…もう大丈夫だ」
正直、拳どころか頭を地面に打ち付けたいくらいには後悔の念が未だに渦巻いていたが、何とか顔には出さないよう努めて、コトネの手を軽く振り解いた。
そうだ、今自分たちがしなければならないことは、後悔ではなく、レッドがいる場所をとにかく1分1秒でも早く探すことである。
「シルバーくんに聞いてみましょう。何か分かるかも」
そういえば、以前もシルバーの協力があってレッドの居場所が分かったのだった。
しかし、あの建物ではぐれてから、グリーンはシルバーの姿を一度も見ていない。
「連絡取れるのか」
「あの日以来、全く取れてません」
きっぱりと告げたコトネは、それでも不敵な笑みをうかべて言った。
「いつでも先手を打っておくのがコトネちゃんですよ?」
「…で、これがその先手か…?」
「はい!」
「犯罪じゃねーか!!」
思わず全力でつっこんでしまったことは、仕方がないとグリーンは思う。
だって、これがつっこまずにいられるだろうか、いや、ありえない。絶対誰でもつっこむ。
「まぁまぁ、そうかっかせんと…」
「あんたもいいんスか!!!」
「いやぁ、レッドの安否がかかっとるからなぁ…」
何とも緊張感のない関西弁に、グリーンはがっくりとうなだれた。
コトネに引き摺られるまま連れてこられたのは、ハナダシティ郊外にある、マサキの家だった。
傍目には普通の家かと思いきや、隠し扉の下に続く地下には怪しげな機械が並ぶ研究室があり、今まさに、グリーンたちはその中にいるのだった。
マサキが座る前面の液晶モニターには、カントー・ジョウト地方らしき地図と、その中で赤く点滅する光がある。
「…で、これが、」
「そのシルバーっちゅう子がおる位置や」
「…ですよね」
あっけらかんと言ってのけたマサキを横目で見つつ、グリーンは小さくため息をついた。
何故か最近自分の周りはどうも非常識な人間が多い。
マサキという名は、今日ジムの中でも聞いた、ポケモン転送システムを考案し、実用化させた天才ポケモンアナリストの名のはずだ。
こんな犯罪まがい…いや、完全なる犯罪に手を貸していいような人物ではないはずだ。
………ないはずなのだが。
「さっすがマサキさん!いっかすぅ~!」
「いやぁ、コトネちゃんこそさすがやでぇ!まさかボールのバックルに発信器付けるなんてなぁ」
「レッドさんみたいに身ぐるみはがされたらおしまいですからね…実際、レッドさんのほうは測定不可能。見つかったか見つかる前に処分されたか…」
「っていうかレッドにもつけてたのかよ!?」
あり得ない、と青ざめるグリーンに、後でレッドさんには謝ります、とだけ返し、コトネは改めて液晶モニターのほうを見る。
「その点、息子…シルバーくんのほうは、ポケモンを取り上げることはあっても、それを処分したり遠いところに隔離したり、なんてことはないと思うんです。バックルだけなら今も身につけてるのかもしれないし」
「せやな。まぁ、そのシルバーくんっちゅう子の位置が分かっただけでもよしや」
マサキがコトネに提供した発信器は、超小型のため、長時間位置情報を発信し続けるのは難しいらしい。
今も、こちらからのシグナルに応えて発信器としての役割を果たしているが、それももって半日だという。
「ま、半日あれば余裕です!ね、ヒビキくん!」
「うん、後は僕たちが行くまでにシルバーが動かなければ…」
「そこらへんはわいがリアルタイムで伝えたる。安心して行ってきぃや」
「ありがとう、マサキさん」
「わいに出来ることならなんでも言ってぇな。わいだって、はよぅレッドに会いたい。詳しい事情は分からんけど、えらいことに巻き込まれとるみたいやしな。こんな世の中やし、今は信用できるもんは何でも利用せなかん」
「ホントにありがとうございます。またお礼しにきますね」
「せやったら、そん時是非レッドも連れてきてーな」
「「はい!」」
斯くして、グリーンはどこか蚊帳の外に置かれたまま、話はすぐにでも動く方向にまとまったのだった。
***
「とってもお似合いです、レッドさま!」
「………」
レッドは無言で、破顔する女中を鏡越しに睨んだ。
結局あの後、有無を言わせずバスタブに突っ込まれ、それこそ頭のてっぺんからつま先まで念入りに洗われることになった。
再び衣類をもらうには彼女たちに大人しくされるがままにされるのが一番手っ取り早いと早々に判断したレッドは、抵抗らしい抵抗を全く見せていない。
それに機嫌をよくした彼女たちは、ずっと上機嫌だ。
今はいつの間にか部屋内に運び込まれた鏡台の前で、レッドに似合う髪飾りを見立てている最中である。
あれこれと試した後に、真っ赤な大輪のコサージュを丁寧に髪に飾り、満足そうに頷く。
「やっぱり赤が似合いますわ」
視線を下にやれば、赤地に金の刺繍の入った、いかにも値の張りそうなショートライン。
さすがに両手を解いてもらえるかと少し期待したが、後ろ手に拘束されたままで見事に着せられてしまった。
いったいこんなものを着せてどうしようというのか。
聞いても女中が教えてくれるとは思えない。
となると、サカキに再び会う時を待たなければならないのだろう。
この格好で。
「………」
考えるだけで顔がしかめっ面になっていく。
そんなレッドに彼女たちは「あらあら」とか言って微笑んでいる。
何があらあらだ。不愉快きわまりない。
そもそも、朝になったら男の姿に戻ってしまうのだ。
こんなものを着せられて、朝までに着替えさせてもらえなかったらと思うとゾッとする。
レッドが悶々としていると、ガチャリという無機質な音ともに、誰かが部屋の中へと入ってきた。
わざわざ顔を向けずとも分かる。
鏡越しにその男を睨んでやれば、向こうも同じく鏡越しにそれに笑顔で返してきた。
「よく似合っているよ、レッド。とても綺麗だ」
「…それはどうも」
サカキが話し始めるのを合図に、女中たちは部屋から下がっていく。
再び部屋の中はレッドとサカキの二人だけになった。
「そろそろ話してくれる?まさかやるためだけにこんな格好させたわけじゃないでしょ」
もしそうだったらどん引きだと告げれば、サカキは相変わらず大して気にした素振りも見せずに、レッドを椅子から引っ張り上げた。
後ろ手の拘束が手首に食い込んで僅かに顔をしかめるが、気取られぬようにすぐに表情を落としてサカキへと向かい合う形になる。
「さて、お連れしようか。君が主役の舞台へ」
言うが早いか、サカキはレッドの膝裏に腕を差し込むと、そのまま姫だっこの形で抱え上げた。
「…自分で歩けるけど。足は自由だし」
「では君が暴れるようであれば足も拘束させてもらうとしよう」
「何それ」
要するに、大人しくしていろということだろう。
レッドは望み通りに何の抵抗もせずにサカキに抱かれて部屋を出た。
暴れて、手が使えない状態で床に落とされて頭を打っては嫌だし、髪が崩れたとかでまたあの女中たちを呼ばれるのも嫌だ。
「…で、どこに向かってるかくらい教えてくれてもいいじゃないの」
「君のお望み通り、パーティー会場だよ」
「ふざけるな」
「そんな怖い顔をしないでくれ。あながち冗談でもないんだよ」
窓のない廊下をずんずんと進んでいくサカキの足取りには、少しの迷いもない。
それどころか、少し急ぎ足になっているようにさえ感じる。
よほど早く自分を連れて行きたいのだろうかと、レッドが訝しむほどに。
あちらこちらの角を曲がり、部屋を通り抜け、レッド一人ではもう元の部屋には戻れないくらいの複雑な順路を進むと、最後に他よりも大きめの扉の前に出た。
そこでようやくサカキは足を止めると、虹彩認証をパスしてその部屋の中へと足を踏み入れる。
「…これはっ」
そこは、一つの研究室と呼ぶには大きすぎる空間だった。
まるで、劇場ホールから観客席だけを抜き取ったような、そんな外観。
そして、ホールで例えるならば舞台にあたる位置には、見たこともないような機械がところ狭しと並び、部屋全体に圧迫感を与えていた。
「言っただろう、準備が整ったと。さあ、レッドは特等席に案内しよう」
目を見開くばかりのレッドの様子など意に介さず、サカキは舞台とは反対側に取って付けたように設置された、赤い革張りの大きな椅子の方へとレッドを連れてきた。
そのままレッドを椅子へと下ろすと、後ろ手の拘束具を椅子へとつなげ、さらには椅子にあらかじめ付いていた足枷を、レッドの両足へと嵌めた。
「…っ!これの、どこが特等席だ。拷問席の間違いじゃないの?」
「今まで散々逃げられているからね。保険もかけておきたくなるというものだ」
「信じらんない。サイテー」
「今ここで拷問にシフトチェンジしてもいいんだよ?君の言うとおりに」
「………」
冗談ではない目でこちらを見るサカキに、レッドは押し黙るしかなかった。
この男はやると言ったらやるだろう。
こんなところで公開レイプだなんて、冗談ではない。
「では本題のほうに移ろうか。レッドはジラーチを覚えているね?」
「…覚えてないわけないだろ」
サカキの手持ちであり、あの日、サカキの願いを叶えたジラーチ。
忘れたくても忘れられる記憶ではない。
「全く、あの時は想定外のことばかり起こった。結局私の望みは1つしか叶えられなかったばかりか、何故か勝手に発動した残りの二つの願いのせいで、こんな面倒な事態になってしまったのだからな」
「………」
サカキには聞こえなかったのだろうか。
あの時、部屋に木霊するポケモンの声が。
ピカチュウの声が。リザードンの声が。フシギバナの声が。カメックスの声が。カビゴンの声が。ラプラスの声が。
………そして、ジラーチの声が。
「だが、そんな杞憂も今日で終わりだ。実験に実験を重ね、ついに今日、私はジラーチを強制的に眠りから覚ますことに成功するのだ」
「そんなの…自然の摂理に反する」
「そんなものは関係無い。私が摂理であればいいだけの話だろう」
あまりの横暴さに、言い返すことすら躊躇われてレッドは唇を強くかんだ。
疑っていたわけではないが、前にコトネが言っていたことは本当だったらしい。
3つの願いを叶えたジラーチは、今深い眠りについているはずだ。
例えサカキの手持ちであったとしても。
それを強制的に起こされたりなどしたら、ジラーチの体にどんな影響があるか分からない。
そんな人間の醜いエゴのために、ポケモンを巻き込んでいいはずがないのだ。
「僕はそんなの絶対に許さない……サカキ、あんたには一生分からないんだろうね。何故ジラーチがあの時、あんたの望み以外を叶えたのか。誰の望みを叶えたのか。もし、僕の望みを叶えたんだと思ってるなら、勘違いもいいところだ。あんたはきっとまた同じ目に遭う。ポケモンが、人間のために存在してるなんて考えてるうちは、あんたにポケモンに触れる権利なんてない!!」
「…おまえの望みではないだと?」
ピクリと反応したサカキは、そこで初めて表情を変えた。
「それならば誰の望みを叶えたと言うんだ?…まさか、おまえのポケモンたちの望みだとでも言うつもりか?」
「だからあんたはいつまでも三流なんだよ。まだ分からないかな…」
「何…?」
苛立ち混じりのサカキの腕が伸びてきて、レッドの顎と両ほほを強く摑む。
しかしレッドは、サカキから目を一瞬たりともそらさずに続けた。
分かってもらおうだなんて思わない。自分の言葉で改心するとも思っていない。
…それでも、言わなければ気が済まない。
「あんたには聞こえなかった?苦しい、苦しいって叫ぶジラーチの声が!僕には聞こえた。ジラーチにとって、自分の力のせいで誰かが苦しむことが、誰かが傷つくことがどれほどの苦痛だったか。僕の叫びを、僕の仲間の叫びをあの小さな体で全部受け止めてたんだ。受け止めてくれたんだ…!僕だってもちろん痛くて苦しかったよ。でも、それ以上に…ジラーチが泣いてる声のほうがずっと聞いてて苦しかった。とても…優しいポケモンなんだ。みんなの幸せを願ってるポケモンなんだ。自分の力が一人でも、一匹でも多くのみんなの幸せになればいいって。それなのに、あんたは、あんたはっ!!」
一度溢れだした言葉は堰を切ったように止まらない。
そう、あの日から一日だって忘れたことがない。
ジラーチのおかげで、自分にも希望が出来た。
だけど、その自分にとっての希望は、ジラーチにとっての苦渋の策だったのだ。
なんとかみんなの願いを叶えようとして、苦しんで苦しんで苦しんで、泣いてしまうくらいに苦しんで出した答えだったのだ。
「これ以上ジラーチを苦しめるようなことをするなら、本気で許さない。一生ポケモンに触れないようにしてやる…!!」
そもそもジラーチは、サカキの願いが無かったことにならないように残りの二つを考慮してくれているのだ。
ならば、あとその願いを叶えるために努力しなければいけないのはサカキのほうだ。
「ジラーチがくれたチャンスを帳消しにして、踏みにじって、無理矢理に新しく願いを乞うなんて、最低だ!!人として腐ってる!!自分の力で掴めよ!!もっと藻掻けよ!!」
言葉と一緒にレッドの目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
悲しい。悔しい。苦しい。もどかしい。
伝わるだなんて思っていないが、伝わって欲しい。
ポケモンは道具ではない。
人間と同じ。自分の意志をもって生きているのだ。
触れれば暖かいのだ。苦しい時は涙だって出るのだ。楽しければ、嬉しければ笑うのだ。
人間と何一つ変わらない。一つの命なのだ。
「あんたにだって、自分がしていることがいけないことくらい分かってるはずだ。自分にストップかけてよ…お願いだから…!!」
「………ならば、いったいどうすればいい」
「…………」
頬を掴む手の力が増す。
涙で滲む世界の中、目の前の男の顔も酷く歪んで見える。
「はじめにおまえを見たときに、体に電撃が走ったようだった。おまえしかいないと思った。欲しくて欲しくて仕方なくなってしまった。愛する妻も、子もいた。それでも、寝ても覚めてもおまえのことしか考えられなくなってしまった。あんな気持ちは生まれて初めてだった。もちろん今だってずっと同じ気持ちだ。この気持ちをなんと呼べばいい?何と呼べばおまえは受け止めてくれる?恋情か?執着か?それとも狂気か?」
「………っ」
痛いくらいに力のこもった手は、レッドの頭を椅子の背へと押しつける。
ああ、痛い。
ココロが、痛い………
「おまえだけが欲しいんだ。他に何もいらないんだ。そのためならばどんなことだってしよう。自然の摂理にも反しよう。法だって変えてしまおう。人としての常識だって捨ててしまおう。誰の理解もなくてもいい。おまえのココロなんてなくたっていい。おまえと繋がりたい。繋がった形が欲しい。おまえとの証を、後世に残したい」
言っていることもやっていることもめちゃくちゃだ。
いい大人が、こんなガキに盲目になって、苦しんでいる。
なんて滑稽なんだろう。
なんて、人間くさい人なんだろう。
「ああ、なんでおまえは男なんだろうな。女ならば、こんな非人道的な方法を取らなくても、無理矢理手込めにして、孕ませて、生ませて、それでよかったのに。それで済んだのに」
「………馬鹿みたい」
「…………」
「そんなことしたって、あんたのココロは満たされるわけない。恋情?執着?狂気?いいんじゃないの。人なら誰でももってる感情だ。でも、残念だけど、僕はまだガキだし、そのどれも理解できない。理解できない人にそれを向けたって、自分も相手も困るだけだ」
「そうだな。君は良くも悪くも、一にポケモン、二にポケモン、そして三にもポケモンだ。だからこそ、私はこれでも悩んだんだよ。この気持ちをどうにかすることはできないのか。君の合意を得ることはできないのか。でも、出る結論はいつも同じだ。どう足掻いたって、おまえのココロが私に傾くことはない。ならば、どれだけ努力しようが、足掻こうが、無駄だと思わないか?バトルも同様だったよ。どれだけ毎日必死になろうと、おまえに届くことはなかった。限界なんだよ。もう私の力だけでは無理なんだよ」
「だからって他を巻き込んで不幸にしていい理由になんてならない!!」
「そんなこと分かっているさ!でもな、そんなことはもうどうでもいい。私はもう他のやつらのココロなど意に介さない!それで後に自分のココロが潰れようとともかまわない!!」
「馬鹿すぎるだろっ!?そんな、そんな…っ」
「残念ながら、私をこんな馬鹿にしてしまったのはレッド、君なんだよ」
「…っ」
駄目だ。
きっと、どんな言葉を言おうと、サカキのココロには微塵も届かない。
強い思いのまま曲がって、それでもそのまま進み続けてきた彼に、引きずられることはあっても、道を正してあげることなど不可能なのだ。
レッドは溢れる涙をぬぐうことも出来ずに、サカキを睨み続けていた。
確かにサカキをこんなにさせてしまったことに、自分にも一端の責任があるのかもしれない。
ならばもう、自分に出来ることは、この悲しい男を、精神的にも、身体的にも足腰たたなくなるまで打ちのめして、彼の進む道を前も後ろも完全に絶ってしまうことだけだ。
ああ、動かない体がもどかしい。
その歪んだ顔を引っぱたいてやりたい。
ポケモン勝負で、そのココロごとボロボロに打ち負かしてやりたい。
「さあ、見ていてくれ、レッド。これが私のやり方だ。ああ、もちろん理解してくれなくていい。君は巻き込まれてくれるだけでいいんだよ」
不意に顎と頬にあてがわれていた力が無くなり、レッドは慌てて頭を起こした。
そこで改めて自分の無力さに気づく。
今の自分は、舞台のほうへと歩いて行くサカキの背中を見ていることしか出来ない。
「待て!!やめろぉ!!」
ガチャガチャと枷が擦れる音と、レッドの叫び声だけが広いホールに響く。
駄目だ。絶対に駄目だ。
やらせてはいけない、絶対に、それだけは………!
レッドの叫びも虚しく、サカキが機械の主電源を入れる。
無機質な機械音とともに、すべての機器に光が点る。
サカキの操作で、取り付けられたボールから円柱型の水槽の中へと、眠るジラーチが召喚される。
そして、サカキがレバーを引くと、バチバチバチという音とともに、水槽の中に光が――――――
「やめろおぉぉおおおお!!!!!!」
一瞬、目の前が真っ白になった。
思わず目をきつく瞑ると、遮断された視覚情報の代わりに、ガラスが割れたようなもの凄い音が、聴覚情報として飛び込んできた。
慌てて目を開けるが、先ほどの閃光にやられてうまく見えない。
成功してしまったのか、失敗したのか、はたまた何か別の事態が起こったのか……
不安と緊張とでごちゃごちゃになりそうな頭をなんとか落ち着かせ、目をこらしていると、機械があったところよりもずっとこちら側、自分のすぐ近くに、別の影が立っているのが見えてきた。
「え……」
しかしレッドは見覚えのあるそのシルエットが信じられず、更に目を凝らしてみる。
…どれだけ考えようと、あのシルエットはアイツしかあり得ない……
「また泣いているのか、レッド」
「ミュウツー…?」
あの日、研究所でレッドに別れを告げ、去って行ったあの伝説のポケモン、ミュウツーだった。
「ど、どうして…」
「どうしてと言われてもな。また人間のくだらないエゴのせいで、ポケモンが実験台にされているのではないかと思い、見に来ただけだ」
「あ…」
そう、ミュウツーは、遺伝子工学によって、ミュウの遺伝子をベースに様々なポケモンのデータを加えた結果造り出されたポケモンであり、まさに科学者たちのエゴの結晶。
その体で、何年もかけて様々な実験を受けてきたのだ。
「案の定、くだらないことをしているじゃないか、あの男は」
「くっ、くく…っ!何故邪魔をする!どうしていつもこう思い通りにいかない!何故!?」
「サカキ…」
音もなく手の拘束と足枷が外れ、レッドは椅子から立ち上がった。
レッドは目だけでミュウツーにお礼を言うと、ふらふらとこちらに歩いてくる男を見据える。
ミュウツーは戦闘狂だが、人間の実験に同意無く巻き込まれたポケモンを見捨てるほど冷たいやつではない。……とレッドは思っている。
機械周りの煙で姿が視認出来ないが、きっとジラーチは無事だろう。
「レッド、おまえは全然懲りないな。そろそろポケモンたちにも愛想を尽かされるぞ」
「……それは、困ったな…」
苦笑するレッドの手の中に、服と一緒に取り上げられたバックルとボールが降ってくる。
目があった仲間たちに、小さくごめんねと告げ、ショートラインの上から腰に、無理にバックルを留めた。
「なかなか厳重に保管されていたぞ。そいつらだけでは自力で出られなかったようだな」
「ありがとう、ミュウツー」
今度は口に出してお礼を言う。
本当に、正義のヒーローとはこいつのことを言うのではないかと、レッドは笑みを深めた。
でも、ヒーローの出番はここまでだ。
ここからは、ヒロインの舞台。
そう、サカキの言葉を借りるわけではないが、このパーティーの主役は……自分だ。
「さあ、サカキ。勝負しようよ。楽に負けられるだなんて、思わないでね」
一度伏せられた視線がサカキを捉え直したとき、そこには相手を射殺さんばかりの眼光を放つ、絶対的王者の姿があった。
「く…くくっ…ここからは出来レースというわけか。だが、悪役らしく最後まで足掻かせてもらおう。君こそ、楽に勝てると思わないほうがいい」
サカキも腰のボールに手をかける。
その目には、先ほどの揺らぎなど微塵も感じられない。
「…そうこなくちゃ」
ピリピリとモンスターボール越しに電気が伝わってくる。
頭のてっぺんから足の先までが緊張に痺れる。
「全力できなよ。…全力で、叩きのめしてやる」
ボールを放ったのは二人同時だった。
召喚の光とともに、小さな影が、大きな影に向かって飛ぶ。
「やはり先頭はピカチュウか」
昔からそのスタイルは変わらない。
ずっとレッドを見てきたサカキだからこそ、レッドのバトルスタイルは熟知していた。
…はずだった。
「地面タイプだからって安心しないでね。〝でんこうせっか〟からの…〝アイアンテール〟」
「なっ…」
召喚されたニドキングは、対戦ポケモンを認識する間もなく、目の前に迫った黄色い塊から衝撃を食らう。
訳が分からずよろめくニドキングに、トドメのようにピカチュウのアイアンテールが決まり、ニドキングは為す術もないまま地に這う形となった。
電光石火自体に、大した威力はない。
それなのに、開始数秒でこのざまだ。
「ふっ…はははっ!!さすがだねレッド!!本当に君は…最高だ!!」
顔を両手で覆ったサカキは、ニドキングを引っ込めると、新たに3つのボールを放った。
ドサイドン、ガブリアス、グライオン。
「全力で叩きのめしてくれるのだろう?ああ、トリプルバトルは初めてかな?ダブルバトルも慣れていないようだったからね」
「………」
ピカチュウの前に三体の巨体が立ちはだかる。
「どうする?みんな。あれ、いってみる?」
小さくつぶやいたレッドの声に、ピカチュウが自分からボールに戻り、そしてレッドの背後に同じく巨体三体が降り立った。
対戦相手を見据える鋭い目は、リザードン、フシギバナ、カメックス。
「慣れていないだってさ。ね、見せつけてやろうよ…」
どこか楽しそうなレッドの声に応えるように、三体はその巨体に似合わぬ動きで三方向に散った。
一番機動力の高いリザードンが、サカキの目の前、フィールドの一番反対側へ。
そしてフシギバナとカメックスがそれぞれ両端へ。
「ガブリアス〝げきりん〟、ドサイドン〝アームハンマー〟、グライオ…」
とにかくレッドのポケモンの威力を削ぐには、一ターンで確実に一匹は沈めておきたい。
げきりんが当たった相手に追い打ちをかけるつもりで、サカキは次々に指示を出すが、指示を出し終わる前に、ガブリアスの逆鱗が放たれる前に、レッドの右腕が勢いよく宙に伸びた。
「…どんっ」
レッドの手持ち三匹が自分の位置に付くと同時に、全員から周囲の鼓膜を破らんとする咆哮、次いで眩い光が放たれる。
否、勿論光だけではない。
目も開けていられないほどの閃光とともに、ホール全体に吹き荒れる爆風、耳をつんざく轟音。
余波だけで肌がびりびり痺れる威力に、いったい何が起こったのか分からずにサカキは慌てて目を開けた。
「駄目だよ、一カ所に固まってたら良い的だよ?」
地に伏してピクリとも動かないサカキのポケモンたち。
僅かに呆れたようなレッドの声は、呆然とするばかりのサカキの耳には届かなかった。
タイミングぴったりに放たれた、リザードンのブラストバーン、フシギバナのハードプラント、カメックスのハイドロカノン。
御三家三匹から放たれた最強の技は、一つにまとまることで、単発の威力を遙かに陵駕するものとなっていた。
「ふふ、やっぱりみんなで協力したほうが強いよね」
お疲れ様、とレッドはボールに御三家を戻す。
勿論、サカキが呆けているうちに一ターン分休ませた後だが。
「さあ、最後まで足掻いてくれるんでしょ?まだ勝負は終わってないよ」
禍々しいまでに光を湛えるレッドの赤眼は、サカキに打ちひしがれる暇さえも与えてはくれなかった。
***
「バクフーン!〝ふんか〟〝ふんか〟〝ふんか〟!!」
「メガニウム!とにかく〝ギガドレイン〟!!」
どっかんばっこんという擬音語では済まない破壊活動が目の前で繰り広げられるのを見て、グリーンは気が遠くなる思いだった。
廊下を全力疾走する戦闘を駈けるのは、ヒビキのバクフーン。
主人の命令通り、ほぼHPが満タンで最高威力の噴火を、ところ構わずまき散らしている。
破壊活動の主力は勿論こいつである。
ヒビキはピーピーマックスと回復の薬を大量に持ち、大量投入しながらバクフーンの後ろを走っていた。
ちなみにコトネは、マサキと連絡を取りながらの移動となっているため、メガニウムに回復は任せている。
目の前に立ちはだかる敵は、主にヒビキが撃破し、コトネがあぶれたものを確実に仕留めるという戦線を張っている。
要するに、後ろを走るグリーンは特にやることがない。
そしてそれは、グリーンのすぐ後ろを走る、赤髪の少年―――シルバーも同様だった。
マサキの家を出たコトネたちは、あの後すぐに、マサキの指示の元、発信器の場所へと向かった。
高い木々に囲われた中に、忘れられたようにひっそりと立つ西洋風の古い館。
発信器の反応は、その館の一室からだった。
ボールがついたバックルごと回収したコトネたちは、別の階にシルバー本人も見つけた。
想像していなかったわけではないが、まさに半監禁状態だった。
部屋に窓は無く、唯一の出入り口であるドアには、当然のように鍵がかけられていた。
広い部屋で、トイレや風呂は当たり前についており、生活必需品やそれ以上のものも問題なく揃っているようだったが、閉じ込められているという事実に変わりは無い。
調度品は全て床に落ちていたし、床にもベッドにも物が散乱し、足の踏み場が無い酷い状態だった。
「…別におまえは無理に付いてこなくてよかったんだぞ、シルバー」
走りながら後ろに声をかければ、少し間があいて返事が返ってくる。
「いや、あそこから出してもらった借りを返したい。いざって時は盾でも囮でも何でもやらせてくれ。……それに、俺はどのみち親父に会わなきゃいけない」
結局、ドアまで派手にぶち壊して乗り込んだのはいいものの、シルバーからレッドの居場所に繋がる前回以上の有力な手がかりは掴むことは出来なかった。
一番有力だったのは、使用人を締め上げて吐かせた、「主は、何か緊急の知らせがある場合は、トキワのジムのほうに連絡するように言っておりました」という情報くらいであった。
確かに、サカキはトキワシティのジムリーダーであり、ジムを管理する必要がある。
しかしこのご時世、ジムは閉鎖されているようなものであり、本人が多少ジム内にいなくても何も問題ない。
実際、トキワジムは真っ先に調べたが、サカキは見当たらず、何の手がかりも掴めなかった。
さすがに公共の場に実験が出来るような大それた研究室を作れば、ちょっとした監査ですぐにばれてしまうから、少し考えればあり得ないことが分かる。
しかし、ジムリーダーであるサカキは、上層部も既に取り込んでいるとはいえ、予期せぬ何らかの連絡があった場合には、すぐにジムで対応が出来ないとまずい。
ジムに連絡を入れるようにということは、サカキは携帯電話の電波が届かない場所にいる可能性があるということ。
そこから考えれば、ジムに入った情報が出来るだけ早く伝わるように、そこまで離れた場所にはいないということが分かる。
つまり、探す範囲は、トキワシティ周辺の電波が届かない郊外、もしくは地下ということになる。
加えて、サカキが企むような大がかりな研究をする場合、それなりに電気を必要とする。
そこでジムリーダーであるマチスに頼んで、発電所で電気供給状況を調べてもらい、トキワシティ周辺で不自然に電気の消費量が多い箇所を特定してもらったのである。
結果、怪しいと出たのが、トキワシティ郊外の山の中にぽつんと建っていた小屋だった。
見た目はただの掘っ立て小屋だったが、それが大ビンゴ。
小屋の中にいた一人を伸してしまえば、地下へ続く階段を見つけることはたやすかった。
そして今の激走に至るというわけである。
"サカキはレッドに協力してもらいたいことがあると言っていた。なら、同じ場所にいると考えるのが妥当……くそっ…!"
表の小屋の小ささからは考えられないくらい地下は横に広く、そして入り組んでいる。
こうして前に向かって進んでいるつもりでも、実際レッドに近づいているのかどうかはさっぱり分からなかった。
「マサキさん、首尾はどうですか!?」
『今マチスも、発電所出てそっちへ向かっとる。着くのは最後になるかもしれへんな』
「…あんまり疑いたくはないんですが、ジムリーダーで少しでも不振な動きがあったら、すぐに教えて下さいね」
『まったく、さすがにカツラはんとこにおったジムリーダーみんなに発信器仕込んでくるとか…びっくりやでぇ』
「念には念を押して…です。皆さんの動きが分かった方がこちらもやりやすいですしね」
『バレたらわい殺されてまうわ…』
特に姦し女性陣に、と呟くマサキの声は、本気で命の危機を感じているようだった。
コトネはメガニウムの様子も確認しながら、先を走るヒビキの更にその先、T字路を確認する。
「ヒビキくん、次左曲がって!」
「…何で左なんだ?」
「グリーンさん馬鹿ですか。右行ったらさっきの道に戻っちゃうでしょう」
「…………そですか」
メガニウムを戦わせ、マサキとも連絡を取り、尚且つこの複雑な地下迷路を頭に入れながら走っている…
グリーンは後輩のハイスペックさと自分の無能さを同時に思い知って、更に気が重くなった。
一応自分たちにも発信器を付けており、マサキにリアルタイムで地下マップを作ってもらいながら進んでいるのだが、それはグリーンの知るところではない。
実際にコトネの頭にもだいたいのマップは作られている。
「マサキさん、まだ行ってない場所ってどの辺ですか?」
『今進んどる通路を次また左に曲がって、まっすぐ行った辺が、まだ手つかずやな』
「オッケーです」
ただ闇雲に走るだけではない。
出来るだけ早く、余分を省いて目的地に到達する。
これがコトネとヒビキが今までにもマサキと一緒にやってきたやり方だった。
"ホント、あいつら今までいったいどんなことしてきたんだよ…"
グリーンには彼らのやっていることは、真似できないし、真似しようとも思わない。
きっと、自分が頑張らなければならない場面がこの先にあるから、今は彼らを信用して進めばいいのだ。
「ウインディ!」
グリーンが一声かけると、グリーンの斜め横を走っていたウインディが後ろに向かって炎をはき出した。
後ろから飛びかかろうとしていたレアコイルがトレーナーと一緒に後方へと転がっていく。
「とりあえず、後ろだけはしっかり守ろうぜ、シルバー」
「……ああ」
レアコイルに気づいていないようだったシルバーが、気まずそうに頷いた。
その時、地響きと共に、何かが壊れるような凄まじい轟音が響いた。
「地震!?」
「じゃないよね」
「ってことは…」
瞬間、自分たちが進むべき道が、右側の壁が吹っ飛ぶことでなくなった。
ちょうどマサキに言われた道に入ってすぐのことである。
「あぶなーー!!ちょっと!あと数秒早かったら私たちまで巻き込まれてましたよ!?」
パラパラと砂塵が舞う中で、グリーンは戦慄くコトネを追い越し、十メートル程はありそうな大穴をくぐった。
「な、なんだこれ…」
言うなれば、そこは極寒の地だった。
地面全体に氷が張り、霰が勢いよく舞っている。
しかし、ここは北極でも冷凍コンテナでもなんでもない。
氷と雪に覆われているが、目に入るのは崩れた天井の瓦礫と、よく分からない機械だけであるし、元はだだっ広い部屋だったのだろう。
そして部屋が勝手に北極仕様に変えられているのは、そこにいるポケモンの影響に他ならない。
「レッド!!」
吹き荒れる霰に負けじと、声を張り上げる。
しかしグリーンの声は、いきなり起きた吹雪によってかき消されてしまった。
ポケモン一体による吹雪ではあり得ない威力。
吹き飛ばされまいと足に力を込め、顔にも容赦なく叩きつける霰を手でガードしながら、グリーンは一歩ずつ部屋の中央へと足を進める。
吹雪の中でもギリギリ見えるシルエットは、カメックスとラプラスだろうか。
どちらもレッドの手持ちポケモンだ。
この強烈すぎる吹雪の威力からも、きっと戦っているのはレッド。
「レッド!!いんのか、レッド!!!」
「五月蠅い人間だな」
「っ!」
吹雪の中でも頭に直接言われたかのように、グリーンの耳に誰かの声が届いた。
遠くばかり見ていて気づかなかったが、壁際に佇んでいたのは…
「ミュウツーか…?」
「レッドを追ってきたのだろう?遅かったな」
「おまえ、なんで…」
グリーンの問いには答えず、ミュウツーはレッドの戦いを楽しそうに見ていた。
ミュウツーは今はレッドのポケモンではない。
言うなれば野生ポケモンなのだから、確かにどこで何をしていようが関係無い。
己の意志でレッドの元へ戻ってきたということだろうか。
「勘違いするなよ、人間。レッドが潰れてしまってはつまらないから少し手を貸してやっただけだ。今オレと対等にやり合えるのはアイツだけだからな」
要するに、レッドが心配で助けに来た…ということなのだろう。
グリーンは勝手にそう解釈し、改めて吹雪の中に目を凝らした。
なんとかポケモン二体が見える程度で、レッドの姿も相手の姿も見えない。
「レッドは…無事、なのか?」
一番心配していたことを聞けば、ミュウツーは当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「むしろ相手の男の命の心配をしたほうがいいんじゃないのか」
「……サカキ、か」
ぐっと唇をかみしめて横に待機するウインディを撫でる。
後ろから、「ミュウツー!?」というコトネたちの叫び声が聞こえたが、グリーンはそのまま部屋の真ん中へと足を進めた。
***
「…もう終わり?早く立ちなよ…まだ、終わってない」
吹雪が吹き荒れる中、レッドの血のように赤い眼だけが爛々と光を湛えていた。
見る者を凍えさせ、自信も何もかも粉々に砕く絶対零度の瞳。
氷と雪の上に横たわる、ドンカラスとフーディン。
そして、吹雪の中、主人と同じように眼を爛々と光らせる、カメックスとラプラス。
二匹の吹雪を同時に食らって、サカキのポケモンは一瞬で戦闘不能状態に陥った。
それでも、レッドは足りなかった。
"こんなあっさり負けられてたまるか。自分にされたことも、こいつがたくさんのポケモンにしてきたことも…こんなんじゃ全然足りない"
ココロが冷えてしょうがない。
熱いバトルをしているはずなのに、何故かココロにぽっかり穴が空いてそこが妙にすーすーするような。
その穴から吹雪が吹き込んできて、ココロに雪が積もっていくかのような。
どうしたらこの雪は溶けるのだろう。
どうしたら、この穴は塞がるのだろう。
考えても分からない。
「レッド!!」
「っ!」
不意に、後ろから強く抱きしめられて、レッドは驚いて息をのんだ。
じんわりと伝わる温もり。
後ろを振り返らずとも分かる。
「………グリーン」
「何やってんだよ、おまえ。こんな寒いとこで、そんな薄着で。手も足も凍傷になりかけてんじゃねーか、ばか」
「………」
全然気づかなかった。
体が寒いんだなんて、感じていなかった。
絡められた指の温かさに、少し驚く。
「………離れて、グリーン。まだ終わってない」
「…もう終わってるよ。よく見ろ、もうサカキに戦えるポケモンはいない」
「……終わってない」
「終わってる!」
「終わってないよ!」
グリーンを突き飛ばすように引き剥がし、一歩ずつ距離を取る。
そう、まだ終わってなどいない。
終わらせていいはずがない。
「邪魔するなら、グリーンだって容赦しない」
冷えた眼がグリーンを射貫く。
「それなら邪魔させてもらう。今のおまえに負ける気がしねぇ」
「…っ!」
ラプラスとカメックスが、瞬時にグリーンのほうをターゲットに切り返る。
だが、僅かに遅い。
「ウインディ、〝しんそく〟」
風が通り抜けた。
霰が舞う中で、一瞬だけ春が舞い降りたかのような…あたたかい…
レッドがはっとした時には、地響きと共にラプラスとカメックスが地に伏していた。
「知ってるか?ポケモンにも人間と同じでツボがあるんだぜ」
神速のダメージだけで倒れるわけがない。
それなのに、二匹は金縛りにあったかのようにピクリとも動かなかった。
…戦わずに、止められた。
視界がぐにゃりと歪む。
先ほど引っ込んだ涙が、また堰を切って溢れようとしている。
「なんて顔してんだよ」
再びグリーンに抱きしめられるが、レッドは今度は引き剥がすことが出来なかった。
後ろからではなく正面から抱きしめられて、グリーンのにおいが、体温が体全体で感じられる。
「憎しみでポケモンを使うな」
「………」
「主人の心はポケモンにも伝わる。どうだ?熱くなれたか?バトルは楽しかったか?ポケモンは、楽しそうだったか?」
「………」
「……わりぃ、いじめすぎた」
本格的に胸の中で泣き出してしまったレッドをあやすように、グリーンは優しく頭を撫でる。
「レッドは、守りたかったんだろう。ジラーチが、もう苦しまないように」
グリーンはちらりとボールから出されたフシギバナを見た。
不服そうにこちらを見るその大きな柔らかい葉で覆われた背には、大事にジラーチが乗せられている。
「すげぇよ、レッド。ちゃんと、助けられてるよ」
「……でも、で…もっ」
「十分だよ。おまえは十分過ぎるくらいに戦った。守った。みんなが、おまえに感謝してるよ」
「……っ」
どうしてこの男はいつもいつも、ココロをかき乱すような言葉ばかりぽんぽん渡してくるのだろう。
でも、積もった雪がじんわり溶けていくような、そんな温かさが一気に満ちてくる。
これが自分が欲しい言葉だったのだのだろうか。
許さないことが、二度とポケモンに関わろうと思えなくなるくらいに叩きのめすことが最善だと思って戦っていた自分を否定して欲しかったのだろうか。
許せないのに、許したくないのに、グリーンの腕の中にいるだけでそんな暗い感情が溶けて消えていってしまう。
「ばかばか…!意味分かんない…」
意味を為さない罵倒も、グリーンは「はいはい」と優しく受け流す。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
「おまえのやり方が間違ってるかなんて、ホントはオレに決められてることじゃないけど、オレはおまえが楽しそうじゃないのが嫌だ。でも、レッドのその真っ直ぐで強いところが好きだ。不器用で涙もろいところが好きだ。ポケモンに優しいところが、すっげぇ好きだ」
「っ…ひっ、…ぅぅ…」
もうしゃべらないで欲しい。
そんな言葉をもらい続けていたらどうにかなってしまいそうだ。
でも、嬉しい。
どうしようもないくらいに、嬉しい。
いつのまにか、ココロに空いていた穴はどこにもなくなってしまって、温かさだけが満ちあふれていた。
温かすぎて苦しいくらいに。
でも、きっとこの気持ちを幸せというのだろう。
きっとこの涙は、ココロにおさまりきらない幸せが溢れているものなのだ。
だから、幸せなのに全然涙が止まってくれないのだ。
ああ、本当にグリーンには、かなわない。
「………グリー、ン………僕の、負けだ…っ」
きっと、一生、かなわない。
でも、不思議と悔しさはなかった。
グリーンに埋めていた顔を上げて、酷い顔だろうなと思いながらも、にっこりと笑う。
「ありがと…っ」
瞬間、グリーンの顔が真っ赤に染まったのだが、突然襲ってきた身体への違和感にうずくまってしまったため、レッドがその表情を見ることはかなわなかった。
「…っ!?」
「おい、レッド!?」
慌てて介抱しようとしゃがんだグリーンだったが、それよりも早く黄色い塊がレッドの懐に飛び込んだ。
「ピッカ!」
その正体、言わずもがなピカチュウが一声鳴けば、後ろで待機していたフシギバナのツルが伸びてきてすぐにレッドの身体を自分の広い背中へと導く。
「お、おい…レッドはいったいどうし…」
おろおろするばかりのグリーンに、フシギバナはギロリと鋭い視線を向ける。
その気迫に圧されてグリーンは口を閉じると、そろそろとフシギバナの上のレッドに近づいた。
苦しそうに呻くレッドの手をぎゅっと握り、自分がすべきことを考える。
すぐに病院に連れて行った方がいいのか、ポケモンたちが対処しているように今は休ませるべきなのか。
今のレッドの様子を見るに、あの、身体の性別が変わる時と症状が酷似しているように感じる。
そしてレッド自身もそれを感じていた。
"今何時だ…?もう朝…?"
なんとか身体を捻って崩れ落ちた天井を見上げるが、そこから見えるのは雲一つ無い夜空。
漆黒の空はまだ朝にはほど遠い。
「………?」
視線を下へと戻せば、驚いた顔をしているグリーンと目が合った。
こちらの顔を凝視して口をぱくぱくさせているグリーンの意図が分からず、首を傾げる。
身体への負担は大分治まってきていた。
「レッド、目…」
「…目?」
ゆっくりと起き上がれば、自分が男に戻っていることが分かる。
ピカチュウが胸の中で嬉しそうに「ピカ」と鳴いた。
ピカチュウは可愛い、が、問題はそこではない。
「ぎゃあぁああああっ!!服!!死ぬ!!」
そう、着替えさせられた時に危惧していたことが現実になってしまった。
男の姿でドレスという、絶対に回避したかった事態に。
「いや、それは大丈夫だ。おまえなら」
「どういう意味だ!」
涙目で吠えるレッドに、グリーンは無言でジャケットをかけてやる。
レッドは無言でそれを受け取ると、有り難くそれを羽織らせてもらった。
女のサイズでぴったりだったドレスは正直腰回りがかなりきつい。
それよりも生足とかあり得ない。
「……で、目って…」
「あ、ああ。レッド、目が黒くなってるぞ」
「っ!?」
レッドは驚きに目を見開いた。
「うそ……呪いが解けた…?何で?」
自分では確認出来ないのが酷くもどかしい。
ピカチュウを見れば、嬉しそうに頷いてくる。
フシギバナも同様だった。
「もどっ…た…?」
酷い脱力感に襲われて、立ち上がることが出来ない。
力なくグリーンを見れば、繋がれた手を引かれて軽く抱きしめられた。
「よく分かんねぇけど、やったな、レッド」
「うっ…ん」
あの長い苦しみから解放されたのだと分かっても、実感が全然湧かなかった。
「グリーンさん!レッドさん!」
「無事ですか!?」
「って、寒っ!?」
慌ててメガニウムに日本晴れを命じたコトネとヒビキが、大穴を潜ってこちらに向かって走ってくる。
今の今まで戦っていたのか、二人自身も寄り添うポケモンも随分と疲弊しているように見えた。
「あれ…レッドさん……」
真っ先にレッドの変容に気づいたコトネが、少し驚いた表情を見せ、そしてすぐに嬉しそうに笑った。
自分が想像していた通りの、髪色と同じ純粋で綺麗な黒。
「…とっても綺麗です」
「ありがとう、コトネ、ヒビキ。二人がグリーンを連れてきてくれたんだね」
「そうなんです。グリーンさんったら私たちがいないとホント駄目で」
いつもの憎まれ口をたたきながらも、その表情は柔らかい。
グリーンも珍しく何も反発せずに静かに笑っていた。
「おい、クソ親父。いつまでそこに座り込んでるつもりだ」
日本晴れの効果により、それまで氷が張っていた地面が溶け始めていた。
そのせいで膝をついているズボンが濡れてしまっていたが、サカキは黙ってそこに佇むばかりである。
シルバーは、ギリと強く歯がみすると、今まででは考えられないくらいに小さく見える父親の身体を見下ろした。
いつも自分には遠く及ばないところにいて、いつも横暴で、自分の話なんか全然聞いてくれない、そして何も教えてくれない最低な親だった。
それでも、ジムリーダーである父の実力は心底尊敬していたし、いつか追い越したいとその大きな背中を追いかけていた。
だから、今、小さく見えるその姿が余計に許せなかった。
「事情はだいたい聞いた。最低だよ、あんた。ホント…最低だ。あんたがやったことは一生許されることじゃない。オレも、絶対にあんたを許さない。何で、あんたが……親なんだろうって思うよ……」
息子を半監禁状態にして、自分と同じくらいの子供、しかも男を手に入れようと、ありとあらゆる汚い手を使い、そして結局失敗して、こうやって地面に座り込んでいる。
今も、サカキはシルバーのほうを一度も見ていない。
「ふっざけんなよ!!馬鹿野郎っ!!」
振りかぶった腕は、何の抵抗も示さないサカキの右頬を捕らえる。
勢いのままに後ろにひっくり返ったサカキの胸ぐらを掴んで、シルバーは叫び続ける。
いつの間にかその目からは涙が溢れていた。
「こっち見ろよ!!でもなぁっ、あんたからしたら全く興味が無くてもなぁっ、あんたはオレの父親なんだよ!!オレはあんたの息子なんだよ!!そんな、何も無くなったみたいな顔するな!!まだあんたには、帰りを待ってるやつがいるんだよ!!オレもお袋も、あんたの家族なんだよ!!とっとと家に帰ってこい!!」
そう言い捨て、胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に離す。
ぐいと袖で涙を拭うと、サカキに背を向け、シルバーは大股で部屋から歩き去って行った。
その背を見送ったレッドは、フシギバナの上から降りてサカキの側に歩み寄る。
その腕には、眠ったままのジラーチを抱いて。
「僕は、あんたに対してやり過ぎたとも思わないし、許してなんかやらないから、謝らないよ。でも、結果としてだけど、ジラーチはちゃんと眠ってる。あとあんたがやらなきゃいけないのは、ジラーチを手放すことだ」
サカキはゆっくりと顔を上げた。
ほんの昔、フロアの上で一目惚れした、全てを吸い込むような漆黒の目。
「あぁ…」
やはり、黒も美しい。
小さく呟かれたその言葉は、誰の耳にも入ることは無かった。
その日、ジラーチは夢を見た。
とても、とてもシアワセな夢。
みんながシアワセそうに笑っていて…
誰かが自分のシアワセを願ってくれた。
誰かの『ゆっくりおやすみ』っていう声が、とても心地よかった。
***
「グリーンさん!レッドさん!早く~!」
「げっ、もういやがる」
グリーンは給水塔を見上げて露骨に顔をしかめた。
レッドはそんなグリーンを置いて、身軽に給水塔まで上がる。
相変わらずこの場所は日差しも風も強く、弁当を食べるのに快適な場所とは言えない。
しかし、この場所が当たり前に四人の昼休憩の集合場所となっていた。
「レッドさん、今日のおかずなんですか?」
「今日は生春巻きだよ」
「ひょーー!!さっすがレッドさん!超絶美味しそうです!」
嬉々とした表情でおかずをさも当然かのように受け取る後輩二人に、グリーンは遅れて腰を下ろしながら小さくため息をついた。
未だにレッドの手作り弁当を独り占め出来ないのがちょっと悔しいだなんて、絶対に言えないけれど…
「グリーンが食べたいって言ってたから、作ってみた。美味しいといいんだけど…」
そう言って、少し不安そうに弁当箱を差し出してくるレッドが愛しくてしょうがないから、まぁいいかと思ってしまう。
少し前のあの嵐のような日々が、遠い幻だったかのような、平穏な毎日。
あの後、部屋の入り口を死守してくれたコトネとヒビキ、そしてすぐに駆けつけてくれたジムリーダーたちのおかげで、あの研究施設はネズミ一匹取り逃すことなく封鎖された。
縄でグルグル巻きの施設員たちに混じって連れて行かれるサカキは、哀愁を漂わせながらも、どこかすっきりした顔をしているように見えた。
その後は、施設にあった機器や資料から、事件は公になり、サカキも相応の処罰を受けることになった。
ポケモン保護条例は、サカキが裏舞台から消えたことで、すぐに撤廃されることになったが、その裏にはジムリーダーたちの多大な働きかけがあったことを、グリーンたちは知っている。
「でも、グリーンさん、レッドさんに勝ったんですよね?なんかもう、それだけが腑に落ちなくて…」
「…どういう意味だよそれ」
レッドは生春巻きをつまみながら、「ん~…」と空を見上げた。
呪いが解けたときは、訳が分からなかったが、ゆっくり考えてみれば、自分はあの時、「負けた」と確かに感じていたのだ。
「強さっていうのは、実際のバトルの強さだけじゃなかったのかもしれない」
「…というと?」
「グリーンに止められたとき、僕にはまだ戦えるポケモンがいた。でも、戦うことができなかった。あの時、力の強さとかそういうのじゃなくて、僕は想いの強さでグリーンに負けたんだと思う。グリーンのほうが、ずっとポケモンのことを、僕を含めて周りのみんなのことを考えてた。それに気づいたら、もう負けたって、敵わないって思っちゃったんだ…」
「つまり、レッドさんに〝負けた〟と思わせたから、呪いが解けた…と」
「…かな?」
苦笑して肩を竦めてみせれば、コトネとヒビキが黙ったままグリーンの背中を叩いた。
衝撃でグリーンが口からお茶を吹き出す。
「ぶふぅっ!?ゲホッ……何でだよ!?」
「やっぱりむかつきますグリーンさん」
「いっつもいいところばっかり…」
これもジラーチの計らいだったのだろうか。
強さの形は一つではないと、自分たちに教えてくれたのだとしたら…
「まだまだ…上はあるってことか…」
澄んだ青空に向かってぽつりとこぼす。
「ん?なんか言ったか?レッド」
「んーん。別に。そういえばグリーン、あの時、ウインディの〝しんそく〟の時、何したの?ツボがどうとか言ってたけど」
「ああ、うちの姉ちゃんがポケモンのマッサージが得意でさ、ツボとかに詳しいんだよ。気持ちよくなるツボとか、大人しくなるツボとかいろいろ知ってて……」
「何ですかそれ!?私にも教えてください!」
「僕も知りたいです!」
「ちょっ、おまえら、押すなーっ!」
「ぷっ…」
「レッド、笑ってねーで助けろ!こいつらに何か言ってやってくれよ!」
ポケモンが全てだった。
自分のココロの全てはポケモンのために使っていくと、これからもずっとそれでいいと。
男も女もみんな一括りにして、彼らのためのココロなんていらないと、そう思っていた。
でも、グリーンと出会い、コトネやヒビキと出会い、人との間の温かいココロを知った。
人を愛するココロを知った。
ココロが温かいとこんなにシアワセなんだと知った。
だから、シアワセをたくさんくれたみんなが―――――
「大好きだよ…!」
+Heart 終わり