「んで、今日はどうだったんだ?」
「今日はなぁ…会計課に拾得物としてワニが来てさぁ…そいつの散歩に餌やりにてんやわんやだよ…ったく、猫も犬もワニも落とし物じゃねぇよ…拾ってくるなって感じだよ…」
「…会計課ってのは暇なのか?」

高杉としては、『仕事』のほうの進展を聞いたのだが、銀時の口から毎日語られるのは、拾得物の明らかに地球外生物の巨大犬が警察のマスコット犬として採用されただとか、猫が五匹も室内を走り回って書類がめちゃくちゃになっただとか、そんな話ばかりである。
高杉は銀時が作ったとろりとして甘い里芋の煮っ転がしを租借しながら、とりあえず耳を傾ける。

「暇なわけねーだろ!ホント落とし物係的なの何とかしねぇと会計のほうの仕事が進まねぇよ…」
「……変に目立ってねェだろな」
「…まぁ、こんなナリだし?ある程度はしょうがねぇだろ」

高杉といえば、無事に国家一種を通過し、今は警視庁警察学校へと通っている。
優秀な高杉が警視庁勤めになるのも時間の問題だろう。
しかし、高杉としては自分の目を離れたところで銀時が日々過ごしているというのがどうにも落ち着かない。

「……んで、ターゲットは絞ったのか?」
「んんーー……とりあえず、本部長クラスの奴らが行きつけにしてる飲み屋、バーは大分把握してきたから、そろそろ動こうかなってところだな」
「…勝手に動くなよ?」
「勿論、仲間外れにはしねーよ、晋ちゃん」

語尾にハートが付きそうな声音で言われれば、高杉は途端に眉間にしわを寄せて銀時を睨んだ。
銀時も、何だかんだで心配性の高杉の性格をよく知っている。
それにくすぐったいような気持ちをおぼえながら、銀時は不機嫌そうに夕食を租借する高杉をじっと見つめていた。







ブラ☆スター







         12








「えっと……状況教えてもらっていいかな…沖田くん…」

銀時はベッドに突っ伏したまま顔だけを横に向けて沖田を見た。
沖田はといえば、心配そうに銀時を覗き込んだままグラスに注いだ水を勧めてくる。
確かに、頭はズキズキと痛むし、喉は声が掠れるくらいに乾ききっている。
銀時は小さく礼を言うと有り難く水を受け取り、行儀悪いとは思いつつ、寝そべったままゆっくりと口に含む。
冷えた水が乾いた喉、火照った身体に染み渡るようで、思わずほう、と溜息が漏れた。
銀時はグラスを沖田に返すと、ゆっくりと上半身を起こしてもう一度部屋内を見渡した。
カーテンは引かれているが、外はもう夕焼けの残り火の欠片も見えない程に暗い。
枕元のデジタル時計を見れば、案の定午後七時過ぎを示していた。

(まじかよ…)

日付と時刻を確認して丸々一日寝ていたことに愕然とするが、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
銀時は些か緊張した面持ちでこちらを見ている沖田と視線を合わせた。

「ここはただのビジネスホテルです。あの屋敷からもそんなに離れてやせん。一応裏口から入って、SITの名前も出して情報漏らさないように念押ししましたが…あんまり長居するのは良くないでしょうねぃ」
「俺担いでここまで来てくれたんだよな…ありがと、沖田くん」
「い、いえ…銀時さんの了承も得ず、すいやせん……そ、その…プライバシーを侵害したいわけじゃなかったんですが、…その…着替えと…怪我の手当だけ…」

言われて、銀時は改めて自分の格好を見た。
部屋の備え付けであろうナイトウェア以外は何も身に纏っておらず、負傷したふくらはぎには治療が施され、ガーゼが当てられている。
両側の太ももに付けていたホルスターとベレッタM92は、ない。
耳に付けていたカスタムIEMも、ない。
ただし、以前神威に拉致された時とは違い、ネックレスや仕込み奥歯はそのままだった。
銀時は全身の状態をさりげなく確認しながら沖田へと微笑む。

「ごめんな、着替えまで。気持ち悪かっただろ?」
「そっ、そんなことありやせん…!し、心臓が…喉から飛び出そうなくらい緊張しました…」

しどろもどろに答える沖田の顔は、赤くなっているし目線が忙しなく動いている。
どうやら女の時に着替えさせてくれたらしい。
男の時にあの着物ではいたたまれないだろうから、ちょうど良かったのかもしれないが。

「んで、俺を介抱してみて気づいたことは?」

銀時はあくまで穏やかに問いかけた。
沖田は一瞬迷うように視線を彷徨わせたが、すぐに銀時を捉え直すと意を決したように話し始める。

「銀時さんが只者じゃないってことは、本庁で会ってすぐに気づいてました。飄々としてるように見えて立ち居振る舞いに隙が無い、常に周囲を気にしている、処理能力が異常に優れている。何でこんな人が会計課にいるんだ、興味深いなって思ったら、どうしようもなく銀時さんのことが気になってきて…そしたら銀時さんのこともっとよく見るようになって…色んなことが分かりました……十七時を過ぎると姿を見せなくなること、警備部の高杉とは気を許しあってる仲なこと、常にスマホを二台持っていること、極力足音を立てないように歩いていること、実は両利きなこと、敢えて昇級試験に落ちていること…」

(沖田くん、こえー!!)

銀時は、とつとつと話す沖田に冷や汗が背中を伝うのを感じる。
勘の良い子だとは思っていたが、ここまでとは認識していなかった。
沖田は銀時の動揺を知ってか知らずか、変わらないペースで話を進める。

「あと、意外と後輩の面倒見がいいこと、甘味が大好きですっげぇ幸せそうに食べること、笑うと目尻がきゅっと細まって、優しげなんだけどちょびっと色っぽいこと…」
「や…ちょっと、沖田くん…?」

沖田はどこか熱っぽい視線を銀時に注いだまま、ふにゃりと相好を崩した。

「好きです……全部、好きなんです。何度も困らせてごめんなさい……でも、せっかくだから言わせてくだせえ。きっとあんたは遠くに行っちまうんだろうし、俺も今度こそ口封じに殺されるのかもしれねぇから」

甘い甘い、蜂蜜のような目で見つめて、そう宣う。
その色と熱に溶かされそうな錯覚に陥りながらも、銀時は同じく視線で以て続きを促す。

「あと昨日分かったのは、SIT顔負けの動体視力と、次元大介顔負けの射撃能力を持ってることですかね。あんだけ正確なファニングなんて、初めて見て…ますます惚れちまいやした。あと、銀時さんの唇も、身体も、全部が全部柔らかいこと、目眩がしそうなくらい甘くて優しい匂いがすること、間近で見ると、その目が本物のサファイアなんかよりもずっとずっと深くてキラキラしてて綺麗なこと…」

ただ聞いているだけの銀時は恥ずかしくて頬が熱くなってきた。
しかしあからさまに照れるのもなんだか悔しくて、唇をぐっと引き結んでそれに耐える。
高杉は勿論、坂本にだってこんなに熱っぽく、具体的に銀時自身を語られたことはない。
ちなみに次元の愛用銃のS&W M19はダブルアクションリボルバーであり、ファニングはできないから比較対象としては不適切なのだが、勿論銀時はそれをツッコめるような状態ではない。
沖田は、内心で激しく動揺している銀時の手を優しく取ると、手のひら、指を、愛おしげに自分の指の腹でなぞった。

「きっとずっと昔から、俺には想像できないくらい鍛えてる手でさぁ。薬指と小指の付け根に剣ダコ…毎日何本振りゃあこんなに硬くなんのかな……あと右も左も、人差し指の第二関節の辺が同じくらい皮が硬くなってやす。どちらの手でも同じように銃が扱えるんですね」
「…俺の銃は?」
「銀時さんが持ってた銃も、耳に埋め込んでたやつも、この部屋の金庫に入れてあります。あ、コルトSAAは取り落としたきり回収できやせんでしたが…」
「あれはいいよ、俺のじゃないし。ちなみに、そっち方面で気づいたことは?」
「正直専門外ですが、銃はともかく、インイヤーモニターはぱっと見、そこらのヤクザが持つようなもんじゃないですね。明らかに異質だ。音楽聴くために付けてたわけでもないとすれば、通信用。ヤクザの家に身を置きながら、外の誰かと情報のやりとりをしていたことになりやすね。あとは…ネックレスとかも含めて身につけてるもの全部、精密機器になってることには驚きました……あ、銃も耳のも、分解も分析もしてないから、安心してくだせぇ」

沖田が手を解放するのを待って、銀時はゆっくりとベッドから降りて金庫へと向かった。
開けてみれば、確かにホルスターと一緒にベレッタM92とカスタムIEMが置かれている。
沖田の言葉を疑うわけではないが、今からやることはもう習慣だから許して欲しい。
ローテーブルを寄せると、銀時は沖田に断りを入れてベレッタM92を分解し始めた。
テイクダウンレバーを回してスライド全体を前側に外し、リコイルスプリングガイドを外す。
銀時にとっては何千回と繰り返し行っている作業であり、たとえ目を瞑っていたって正確
にできる自信がある。
スライドウエイト、バレルと凄まじいスピードで分解していく銀時の手元を見ながら、沖田は話を続ける。

「銀時さんたちが消えた次の日に、長官の大量の汚職が露見したのも、俺は何者かの差し金だと思ってます。…とすると、銀時さんたちは警察のトップ、もしくは警察よりもずっと上の後ろ盾があるってことになる。警察より上なんていったら、俺にはもう政府ぐらいしか思い当たりやせん」
「……それで、結論は…?」
「政府の後ろ盾がある人が、次にヤクザの嫁になるなんてどう考えてもおかしい。結論は、銀時さんは、政府関係の潜入捜査員……でどうでしょう」

あまりにも突飛すぎですか、と困ったように笑う沖田は、そうであるとどこかで確信しているような、しかし当たって欲しくないと思っているような複雑な表情であった。
銀時は銃の内部に異常が無いか手早く確かめると、分解したときと逆の手順で、寧ろ分解の時よりも更にスピードを上げて銃を組み立てていく。
そして組み立て直したベレッタM92を手の中でガンスピンさせると、そのまま即座に立ち上がってこちらを静観していた沖田をベッドへと押し倒した。
スプリングが軋んで、驚いた表情の沖田の身体が柔らかなベッドに深く沈み込む。
その沖田の眉間にベレッタM92の銃口を押しつけて身体に乗り上げると、銀時は小さく首を傾げた。

「……何でそこまで話しちゃうの?何も知らない振りしててくれれば見逃せたかもしれないのに」
「………」

銀時は、「ああ、らしくない」と内心独り言ちていた。
知られすぎたら始末する、……それはうんざりするくらい周知の鉄則だ。
それをこんなに長々と話させて、結果やはり後悔している。
初め驚いた顔をしていた沖田も、銃口を突きつけられるなり少しだけ困った表情を見せた。

「…言ったじゃないですか、殺されても構わないって。あんたは一度俺を見逃してくれた。それなのにのこのこ戻ってきたのは俺です。あんたに嘘はつきたくない。聞かれたことには正直に全部答えたい。誤魔化しや隠し事は、あんたを助けに行った時から俺の選択肢にありやせん」
「なんかもう…バカなのか賢いのか分からないな」
「紛れもないバカでさぁ。あんた限定の」

微塵の後悔も見られない表情で、静かに笑う。
銀時はぐっと唇を引き結んだ。
沖田の言葉に嘘は見えない……だから余計にタチが悪い。
本当に、ここで眉間を撃ち抜かれて死んでもいいというのだろうか。

「……ばーか」

銀時は小さく呟くなり、眉間に銃口を押しつけたまま顔と顔との距離を詰めた。
左手で細い顎を固定し、息をのんだ沖田の呼吸ごと、奪い、飲み込む。
驚いたように喉を震わせる沖田に構わず、深く、しつこく口内を犯すうちに、だんだんと強張っていた沖田の身体から力が抜けていく。
銀時がうっすらと目を開けると、熱に浮かされて蕩けた目と視線が至近距離でかち合う。
泣きそうな、幸せそうな、しかし悲しそうな色をたたえた蜂蜜よりももっと濃い目が完全に瞼の裏に隠れたところで、銀時はようやく沖田から顔を離した。
ぐったりとベッドに沈み込む濡れた沖田の唇にもう一度触れるだけの口付けを落とすと、銀時は己の唇をぺろりと舐めてベッドから起き上がった。
まだ鈍く頭は痛むが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
何しろ、あれから丸一日経ってしまっているのだ。
銀時は、図らずも土方と同じ方法で眠らせてしまった沖田を横目に見ると、ナイトウェアを床に脱ぎ捨て、脱衣場に丁寧に畳んで置いてあった下着を身につける。
少し迷ったが、沖田の服を拝借させてもらうことにして、代わりに沖田には銀時が着ていた長襦袢を着せておいた。
沖田が着ていたシャツはどうしても胸回りがきついが、不自然なほどサイズが合わないわけではない。
ホルスターとベレッタM92は装着するのは諦めて、上着に来るんで脇に抱える。
カスタムIEMを耳に押し込めば、待ってましたと言わんばかりに坂本の声が聞こえてきた。

『金時、無事か!?』
「遅くなってわりぃ。もう出れるけど、どうすればいい?」
『ホテルの裏口にあと五分で行くから、待っとおせ』
「分かった」

場所も安否も確認できているということは、敢えて突入してこなかったということだろう。

「…………バイバイ、沖田くん」

銀時はもう一度沖田を顧みると、今度こそドアを開けて部屋から抜け出した。




「…お待たせ、悪かったなヘマして」
「おまんが無事ならそれでいいぜよ」

坂本がホテルの裏口につけていた黒のアウディRS Q3に乗り込むと、待ち構えていたように後部座席に座っていた高杉が、銀時の脳天に拳骨を落とした。

「おまえは……倒れるくらい酷いならちゃんと言え!応援呼べ!」
「……ごめん、なんとかなるって思って…反省してます…」

高杉の怒りに満ちた目は心配の裏返しだと分かっているから、銀時は甘んじてその拳骨を受け入れる。
高杉も銀時の殊勝な態度にある程度溜飲が下がったのか、小さく溜息をつくとせっかく沖田から借りた服を脱がしにかかる。
上も下も身ぐるみ剥がされ、簡単に身体を拭われ、用意してあった服に着替えさせられて、ようやく高杉は真っ直ぐに銀時を見た。

「…んで、おめエの可愛い沖田くんはどうしてきたんだよ」
「あー……だいぶ拗ねてらっしゃる」

銀時は口元を僅かに引きつらせると、今までの空白を埋めるように唇を寄せてきた高杉をやんわりと押し返した。

「…や、ごめんね。今ちゅーしたらおまえ多分寝るよ」
「……殺さなかったのか」

口の中に睡眠薬が残っていると暗に伝えれば、高杉は大仰に顔を顰める。
銀時をここまで追いかけて来て、更に一晩一緒にいたとなれば、勘が良いという噂の沖田がおそらく都合のよくないことまで勘付いてしまっていることは高杉でも分かる。
それに非難の目を向ければ、銀時は困ったように笑った。

「助けてもらったんだ、ちょっとくらい大目に見ろよ。それに…沖田くんは、大丈夫」
「何が大丈夫なんだ?」
「言いふらしたりしないってこと」
「ずいぶんな信頼っぷりじゃねェか」
「そりゃあ……あんだけ熱烈にされちゃあねぇ…」
「……何されたんだよ」
「…何にも」

銀時はついと視線を反らせると、納得がいかないというように距離を詰めてくる高杉を押し返しながら、前座席に声をかける。

「あれから、屋敷の作戦はどうなったんだ?」

車は大通りを抜けて、真っ直ぐにどこかへ向かっている。
行き先ついでに尋ねてみれば、助手席の桂が言いにくそうに半分だけ顔を後ろへ向けた。

「…思ったよりも向こうの待機組が多くてな、残党狩りに大分苦労した。大広間の重鎮どもは予定通り全員初期殲滅。しかし、魔死呂威組の方にもけっこうな被害が出たな。初めから向こうはドンパチする気でいたみたいだから、ホームといえども圧倒的に魔死呂威組の対応が後手に回った」
「……京次郎は?」
「意識不明の重体だ」
「………そっか…あいつ、ホント馬鹿だったな」
「それだけおまえに惚れていたんだろう」
「そうだな……みんな、俺のせいで馬鹿になる」
「おまえのせいではないだろう。馬鹿になるのは自己責任だ」

銀時は思わず桂を見返した。
銀時の後ろめたい気持ちなどお見通しだと言わんばかりに、桂は鼻で笑ってみせる。

「そもそも、銀時と一時を過ごせたというだけで奴らには過ぎた幸せというものだ。おまえにはそれだけの価値がある。ふてぶてしく笑っていればいいさ」
「……んだよ、俺何様だよ…」
「さて、ちなみに俺たちが向かっているのは、例の組の残党が集まっているという場所だ。頭首もいなくなった組だから取るに足らない連中ばかりだが、根は潰しておかねばなるまい。おまえからの連絡があと三十分遅かったら、おまえを問答無用でかっ攫っていたところだ」
「…待っててくれてありがと」
「おまえのお気に入りの沖田くんだからな。勝手に動いておまえに拗ねられても困る」

本当にそんな理由で待っていてくれたらしい。
銀時は小さくお礼を言うと、服にくるんであったホルスターとベレッタM92を手早く装着する。
丸一日無駄にしてしまったことは、働きで返さなければなるまい。

「しかし、銀時おまえ、身体の具合はどうなんだ?おまえが薬のせいで丸一日…身体が変わるときにも起きないなんて相当だろう」
「ホント…とんでもねー薬飲まされたわ……まぁたっぷり寝たおかげで今は大分平気むぐっ」

銀時は話を強制的に遮られ、慌てて隣の高杉を見た。
銀時の両頬を片手で掴み、蛸口になる銀時をまじまじと見て、「嘘だな」と呟く。

「顔色が悪い。まだ不調なんだろ」
「……まぁちょっと頭痛がね…でも、行かせて。これ終わったらちゃんと休むから…ヅラにも見てもらうし。……それに、高杉がフォローしてくれれば、大丈夫」
「…ちっ」

高杉は忌々しげに舌打ちすると、銀時の頬を解放した。
こういうところでちゃんと頼ってくるところが、銀時の狡いところである。
ふて腐れたように顔を背けた高杉に、銀時は圧倒されるばかりだった沖田とはまた違う、なんだかむず痒い気持ちになる。

「しーんちゃん」

銀時は高杉の首に腕を回すと、高杉を窓側へ押し倒してその頬に口付けた。
そのまま身体を寄せて、抱きしめて、その温もりを服越しに全身で感じ取る。

「心配かけてごめんね。久しぶり………ただいま」
「……ばかやろ」

高杉は銀時の頬に口付けを落とし返すと、優しく抱きしめ返す。
くすぐったそうに笑う銀時に、思わず高杉の表情もゆるんだ。

「銀時、俺にもちゅーしてくれ」
「わしも」
「おまえらは死ね」

前座席の奴らに釘を刺すことも勿論忘れなかった。



***



月は雲に隠れ、人工的な灯りだけがコンクリート造りの建物全体を無機質に照らしていた。
魔死呂威組とはまた一風変わった造りの、現代風の本家。
抗争から一日経ち、その組は誰も彼もが浮き足立っていた。
昨晩魔死呂威組の屋敷に行った連中は、軒並み死体となって帰ってきた。
どのような事態かも理解していない上に、本家へ集まれという緊急の招集命令が下されて、訳も分からず集まった人がほとんどだろう。
次期頭首は誰になるのか、昨晩の詳しい説明はしてもらえるのか、誰もが不安そうな雰囲気を隠そうともせずに大広間に座していた。
表の警察のパトカーは、常には居ても一台なのが、今日は昨日の抗争のせいで四台程並んでいる。
常ならば鬱陶しいはずの警察も、大量の殺傷沙汰の後では、この場所を守ってくれるのではないかという安堵を皆にもたらしていた。
各々がぼそぼそと雑談に興じる中、不意に外から二人の名前が呼ばれた。
呼ばれた二人は、不思議そうに部屋から出て行く。
少し間を開けて、次の二人、また次の二人。
不思議そうにそれを眺めていた面々も、一斉ではなく個別に話があるのだろうと察し、のんびりと自分の番を待っていた。
部屋に四十人近くいた組員も、ついに残り三人となり、今し方二人が出て行って端数である最後の一人だけになった。
そこで、最後の男はふと違和感を感じる。
出て行った奴らは、何故ここに帰ってこないのか。
そのまま話を聞いて帰ったというのも考えられるが、中には手荷物が置きっ放しの人もいる。
誰一人帰ってこないのは、さすがにおかしいのではないか。
背中に薄ら寒いものを感じた途端、ついにその人も呼ばれた。
呼ばれたら行かないわけにも行かず、先導する男についてとある部屋のドア前まで来る。

「あの…他の人たちはどこに…」
「ん?中にいるぞ。皆おまえを待っている」

はて、この部屋は四十人も人が入るほど大きかっただろうか。
疑問が顔に出ていたのか、男はにこりともせずに早く入れとドアを開け、そしてその男の背を押して部屋の中へ押し込んだ。
途端、むわりと鼻を刺す鉄の匂いと、視界に入る、赤、赤、赤。
状況が理解できず、よろりとよろめいた瞬間、いきなり部屋が回転した。
呆然とする中で、首から上を失って噴水のように血を吹き出す自分の身体と、荷物のように積まれた真っ赤な仲間の山、そして赤く汚れた鋭利な刃がぎらりと鈍く輝くのか目の端に映った。



『金時、撤収じゃ。車に戻れ』
「…分かった」

銀時は執務室のパソコンからUSBを抜き取ると、それをポケットに突っ込んで部屋から飛び出した。
建物から出た後は、そのまま庭を突っ切って裏口から外に出る。
警察は表でヤクザを見張るポーズを取っているが、所詮ポーズだけで実際に乗り込んでくることはない。
裏口など、見張りも何もないに等しかった。
銀時は誰も乗っていないアウディRS Q3の運転席に乗り込むと、すぐさまエンジンをかけてシートベルトを締める。
身体を捻って助手席に置かれたVAIO-ZにUSBを差し込んだところで、助手席と後部座席に同時に三人が乗り込んできた。
銀時は助手席の坂本にVAIO-Zを託すと、すぐにアクセルを踏んで車を発進させる。
坂本はともかく、バックミラーで見た桂と高杉があまりに血塗れで、銀時は思わず顔を顰めた。

「随分と派手に被ったな…」
「まぁ、作戦が作戦だったしなァ」

警察が外で待機しているため、間違っても今回は銃声など聞かれてはいけない。
中で騒ぎを起こしてそれが伝わってもいけない。
実際にそれに配慮して静かに行われた制裁に、おそらく警察は朝になっても気づかないだろう。
本家に集まれという招集も、勿論高杉たちが事前に仕込んで流した誤情報である。

「んで、銀時のほうはどうだったんだよ。ちゃんと情報取ってこれたのか」
「勿論ばっちり。あとは入手した人身売買の証拠、取引先のリストを警察に流して終了だな」

今回銀時は、本家の人間、集められた組員の殲滅には直接関わっていない。
万全でない状態での命のやり取りで何か落ち度があっては困るし、単純に銀時に血を見せたくないという三人の配慮でもあった。
それが分かっているから、銀時も意見はせずに情報収集に徹した。
一つとして無駄な仕事など無い。
銀時が隣の坂本にUSBに入った情報について説明している間にも、車は暗い路地を抜けて、広く煌びやかな大通りへ出る。
誰も高級車の後部座席に血塗れの人が乗っているとは想像できないだろう。
銀時は車と車の間を縫って夜の街を激走していく。
タイヤが地面と擦れる音を上げる度に坂本が悲鳴を上げるが、お構いなしにアクセルを踏み続ける。
どうせナンバープレートも正規物ではない。
オービスやNシステムに撮られようが、何とでもなるというものだ。
車通りの少ない夜更けの道を限界までとばせば、BRASTER本部に着くまでにはそこまでの時間はかからなかった。



***



「うぁぁぁ…疲れたぁ…」

銀時は自室のベッドに豪快にダイブすると、仰向けで大の字になった。
シャワーを浴びて火照った身体に、少し低めに設定した冷房が心地よい。
男の時のサイズに合わせた大きめのシャツ一枚だけを被っただけの格好であったが、お構いなしにそのまま瞼を落として微睡んでいれば、何の前触れもなく部屋のドアが開いて高杉が入ってきた。
高杉も血塗れの身体をシャワーで落としたきたばかりのようで、ラフな服装に変わっている上に、髪がしっとりと濡れている。
我が物顔でベッドに腰を下ろした高杉に、銀時は小さく身じろぐとじとりと視線を向けた。

「……ノックくらいしてくんない?裸だったらどうすんの」
「その格好も裸とそう変わらねェだろ」

高杉は、言うなり寝そべったままの銀時に覆い被さって、唯一銀時の肌を隠すシャツを首元までたくし上げた。
いきなり肌を暴かれた銀時はさすがに驚いたようで、小さく悲鳴を上げると慌てて高杉を引き剥がそうと覆い被さる肩を押し返す。

「ちょっと、後でヅラが来る予定なんだけど」
「あいつは髪洗うのに手間取ってるから、しばらく来ねェよ。……一回だけ」
「ちょっ!正気!?」

銀時は、肌の上を明確な意図を持って滑り始めた高杉の手に身体を大きく震わせながら、焦ったように部屋のドアへと目を向けた。
勿論鍵など掛けていないし、誰が入ってくるか分からない。
せめて鍵をと思ったが、高杉は銀時の身体をベッドに縫い付けたまま離してくれそうにない。

「……ずっと我慢してたんだ。相手しろ」
「………」

困ったように高杉を見ていれば、飢えと渇望と期待とがない交ぜになったような複雑な目をした高杉と目が合った。
銀時はそれだけで、随分と高杉に寂しい思いをさせてしまったことを察する。
たかが数週間、されど数週間。
銀時が仕事とはいえ京次郎とよろしくやっていた間にも、悶々とした想いを募らせていたのだろう。

「馬鹿だねおまえ。いくらでも相手してくれるお姉さんがいるでしょうに」
「おまえがいい」
「あ…そ」

常になく素直な高杉に調子を狂わされるが、銀時とて高杉と触れ合いたくないわけではない。
銀時は小さく苦笑すると、諦めたように身体の力を抜いてベッドへと沈み込んだ。
たまにはこんな日があっても良いかもしれない。
どうせまた明日からは新しい任務に明け暮れる日々が待っているのだ。

「とりあえず、任務お疲れ様」

小さく呟いて、高杉の背中に腕を回す。
嗅ぎ慣れた匂いの中に、仄かに血の残り香を感じた。

(まだ、そっちには行けそうにないよ、先生…)



約束された血塗れの人生は、まだ到底終われそうもない。





end